7-44【ステラダに帰る男8】



◇ステラダに帰る男8◇


 ユキナリから事のあらましを聞いたライネは、二つの思いを抱えて葛藤かっとうしていた。

 一つは、自分が心配されていたという事。

 最大級の信頼を得ていたなら、きっとそこまで心配はされないと思う……それこそユキナリのように、好き放題に諸外国を行き来する事にさえ何も言われないだろう。

 更には実力不足だという事を、遠回しに言われている。


 それがもう一つの理由だ。

 自分に実力を付けさせるために、ユキナリはわざと気絶したという事だろう。


「私はそこまで信頼されていませんか……エリアルレーネ様、セリスフィア殿下も」


 悔しかった。【帝国精鋭部隊・カルマ】の中では最年少、実力だって確かに一番ないかも知れない。それでも、数年やって来た自負があった。

 それを否定された気がしたのだ。


 しかし、当のユキナリはあっけらかんと。


「ちげぇって、姫さんがそう言うのは……お前を死なせない為だろ?エリアが言うのだって、お前を心配しすぎての事さ。姫さんは特に仲間意識が強いし、俺が王国に行ってからは【ルーマ】で毎日のように連絡入れて来るんだぞ?」


 まるで、思春期の少年を心配する母親のようなやり取りが想像できた。


「だって、私は戦えてるでしょ!」


「それは帝国内での人間相手の話な。でも今回は違う、しかも理性を失くした、俺が【支配しはい】していた……あ、やべっ!!」


「――は?」


 口が滑ったと、ユキナリはわざとらしく口をふさいだ。

 ライネはゆっくりとユキナリの正面に進み、しゃがんで視線を合わせようとする。

 しかしユキナリはサッと視線を逸らした、だからライネはユキナリの顔面をつかんで。


「今なんて言った?【支配しはい】していた?操ってたの?あの魔物……ユキナリは気を失ってたんじゃないの?」


「いや~、かはは……」


 この男は、ライネを戦わせるためにわざと気絶した振りをしていたという事だ。

 もしかして、それも皇女や女神の指示だったのだろうかと……ライネはいぶかしむ。


「私が、魔物とどこまで戦えるか試したって言うの?」


「まぁ……そんな感じ」


「殿下の指示で?」


「……え~っと、俺の一存で?」


 余計に腹が立った。


「それで、どうなの?私は使える?それとも……役立たず?」


 試されると言うならば、もう受けて立つしかない。

 信頼を勝ち取るのは、容易ではないことくらい理解している。ましてや、相手は大国の皇女と女神なのだから。

 ならば、どんなに理不尽であろうとも……どんなに相性の悪い相手であろうとも、立ち向かうだけだ。


「どーかな。雑魚な魔物相手なら、戦えることは分かったけど」


 ユキナリはライネの手を振り解いて立ち上がり、尻をポンポンと叩いて土草を払う。そして続けて。


「ライネは確か、幻獣クラスの魔物とは戦ってないよな?」


「……ええ」


 ライネは十五歳だ。それも伯爵家の令嬢。

 特別過酷な環境で生きていた訳でもなければ、命を狙われるような人生でもない。

 だがしかし、その戦いは野盗や騎士崩れとは違う。


「じゃあ……レノンを知らないよな?」


「ん?名前だけなら……少し前にいたメンバーでしょ?」


 ライネが入隊する前に在軍していた青年だと、皇女に聞いた覚えがある。

 しかし、ライネはそれがどうしたと思う。だが、ユキナリは。


「そ。幻獣と戦って死んだ、元仲間だ」


「……」


 突き付けられるのは、元仲間の死。

 今まさに戦っていたような、魔物と戦い死んだ、仲間の話だ。


「今みたいな魔物は雑魚、誰でも倒せる。でも王国で言われるような亜獣……とか、更にその上の幻獣や神獣は違うだろ?簡単に死ぬんだよ……」


「それは……」


「人間相手なら、確かにライネは経験してるさ。でも幻獣クラスとなると違う……俺の【グリフォンネイル】は、まさにその幻獣だしな」


 その威力はライネも知っている。

 一撃で昏倒させる威力のものだ。


「姫さんもエリアも、レノンのような……あんな死に方、して欲しくねぇのさ」


「……」


 自分の考えが甘いと、その考えが駄目だと理解させられる。

 戦いがあるのなら死は当然付き纏うものだ、心配されるのも仕方がないと、ユキナリの表情を見て……ライネは納得させられる事になるのだった。

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