7-34【ジェイルの借りの返しかた2】



◇ジェイルの借りの返しかた2◇


 静かに考え込むジェイルの、その顔は真剣だった。

 何か思い出したくない事を脳裏に焼き付けているような、そんな苦しみの表情にも取れるのが、不思議ふしぎだった。


「……俺がダンドルフのもとを離れないのは、借りがあるからだ」


「借りって、【クロスヴァーデン商会】でやとって貰った?」


 そんなもの、きっかけはジルでしょう?

 ジルに恩があるのならともかく、どうしてただのやとい主である会長にそこまでの義理を?


「……ジルには当然恩がある。それもあるが、だが根本は違う」


 根本……二人の根底に、何があると言うの?


「お前も知っていると思うが、俺は……エルフ族の王子だった」


「え、ええ……ジルが王女様なんだし、そうだろうとは思ってたけど」


「今はもう存在しないエルフの国、【パルマファルキオナ森林国】……故郷が焼き払われ、国土の全てを失ったのは……俺のせいなんだ」


「――っ」


 想像以上に重い。だけど、その表情がやけに……物憂げで、悲しそうで……見ているのも辛い程に。


「およそ百年前、俺は父である国王を裏切り……隣国、【テスラアルモニア公国】の宰相さいしょうに情報を提供した。森を広げる方法があると……持ち掛けられたんだ」


「それって……」


 その結果が国の消滅、更には森すら焼かれた。

 それはつまり、ジェイルはその宰相さいしょうに……


「ああ、騙されたんだよ。俺は、物の見事にな……」


 森を広げる為、考えた結果がそれだったのだろう。

 甘いささやきに耳を傾けてしまい、最悪の結果にいざなわれた。


「当時、飢饉ききんで森がれそうになっていた……何千人もの同胞はらからが死んだ……俺はその状況を変えようと、その宰相さいしょうの声を聞いてしまった。それが始まりだった……俺が独断で行動をしたから、そのせいで」


「……」


「戦争の詳細は省くが……現在の【テスラアルモニア公国】が攻めて来たのは、俺が伝えた情報のせいだ。地下の空洞を進み、くにの奥深くまで侵攻して……木々を焼いた……俺は様々な誤解と齟齬そごの中で、宰相さいしょうに騙されたと気付いた。その時点で、俺は戦犯さ……」


「……」


 簡単に言えるような言葉が見つからず、私は無言に。

 それでもジェイルは続ける。


「俺の母は、【ダークエルフ】の民をまとめるおさだった……王だったのは【セントエルフ】をまとめるおさ……俺とジルの父親だ。王子である自覚もあった、だから俺は……国の為と思って、行動をしたんだ」


 【ダークエルフ】や【セントエルフ】のようなエルフ同士では、生まれる子供はどちらかにかたよるらしいから、ジェイルは母親に似たという事ね。


 それにしても、その行動が全てを決めたのね。


「もう百年……短い人間族の時間だったなら、忘れる人たちも出る時間だ。それでも、俺がした事は忘れてはならない。俺は、騒動そうどうの最中……母に逃がされて国を出た。初めは自害しようとも思ったがな……」


 ふっ……と笑うジェイル。

 きっと、死ねなかったんだ。


 でも、国も家族も、同胞どうほうも失い、ジェイルは全てを失った。


「馬鹿らしい話だが、死ねなかった俺は放浪した……旅なんてものじゃない、ただのうろつきだったよ。食いもせず、寝ずもせず……何日が経ったか、そんな時だった――俺は一人の人間の女に出会った」


「人間の、女の人?」


 それが、全てを失ったジェイルを変えた人?

 今この世界に、ジェイルが生きている理由?

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