プロローグ7-1【心の雪は融けず2】



◇心の雪はけず2◇


 【リードンセルク王国】に雪は滅多に降らない。

 しかし、昨年から今年にかけては、その雪が多く降り注いでいた。

 3月に入り、雪もけ始めてくれないと困る。

 そんな人も多くいるはずだ、特に農家は。


 赤い煉瓦れんが造りの建造物が、【王都カルセダ】の特徴だ。

 それは王城も同じであり、リードンセルク城ではさらに豪勢な造りになっている。


 そんな城の一部、一番高い部分にある窓から、鬱屈うっくつそうに外を見る少女がいた。

 薄紫の髪を整え、深紅クリムゾンレッドの瞳は燃えるようにかがやく。

 しかしその心情は……


「雪、け始めたわね」


 【リードンセルク女王国】……来年度から呼び名がそう変わる。

 その初代女王、シャーロット・エレノアール・リードンセルク。

 転生者、ミオ・スクルーズとクラウ・スクルーズの前世である、二人の人物を殺害した張本人だ。


「……退屈だわ……暇だし、使えないし」


 退屈は自分、暇なのも自分。

 しかし使えないのは。


 この国……そのものだった。


 シャーロットは、この国の未来など知った事ではないと考えていた。

 女王など、自分でなりたいと思っていた訳では当然ないし、ましてや王女と言う境遇の人間になるとは、計算外だった。


『――お願い……もうやめてっ……お願いですからっ』


「うるさい」


 それは……心の奥底から聞こえる自分と同じ声。


わたくしが間違っていたんです……自分を見捨てて、逃げて……でも、貴女あなたわたくしの代わりをしてくれると思ったから……』


「黙れ――ちっ」


 外を眺めながら、シャーロットは舌打ちをする。

 シャーロットは立ち上がり、苛立いらだった気持ちを床にぶつける。


 ガッ――と、かかと絨毯じゅうたんを踏みつける。


『お願いです……シヅキさん……わたくしに、身体を――』


 その声に、プチン――とキレるシャーロット。


「――黙れって言ってんのよ!!何度も何度も何度も!お前は自分からこの身体を捨てたんでしょっ!私が好きにしたって、お前に何を言われる筋合いは無いのよ!!」


 消えたはずの、この身体の持ち主。

 本来のシャーロット王女だ。


『……それは、言い返す言葉もありません……ですが、貴女あなたならわたくしの身体を有意義に使ってくれると、このリードンセルクの未来のために活用しれくれると信じて――』


「黙れぇぇぇぇぇ!黙れ黙れ黙れ!黙って!!」


『……』


「私が外に出ればこうして声を掛けてくる!邪魔なのよっ!さっさと消えなさいよ!この残留思念がっ!どうせ何も出来ないわ、お前はもう何も出来ない!自分で捨てた身体を……好きに使われて、さぞかし嫌な気分でしょうねぇ!」


 シャーロット……いや仙道せんどう紫月しづきが表立って行動できないのは、こう言った理由があった。

 心をむしばむような感覚に、紫月しづきは涙を浮かべながら虚空につぶやく。


『……ごめんなさい……ですが、わたくしこの国を思う気持ちは……』


「知った事じゃない……知った事じゃないのよっ!」


 豪華なドレスの胸元を、紫月しづきは強引に切り裂く。

 苦しさに耐えきれず、首元から胸を……爪でむしり掻く。


「キヒッ……ヒヒ……アハハッ!キャハハハハッ!そうだ……壊せばいい、この国も……お前も!!全部ぶち壊せばいい!!そうしたら……もうお前も出てこれない!!見せてあげるわよ、この国が崩壊して、蹂躙じゅうりんされて!歴史から消え去る瞬間を!!キャハハハハッ!アーッハハハハハハハハハハハハハハハハっ!!」


 みずからの血で濡れる部屋に、新たな女王の笑い声だけが響いた。

 その部屋は、誰も入れない……血濡れの部屋。

 自傷行為で何度も傷をつけた……血塗れの女王の。





 研究所とまではいかないが、レフィル・ブリストラーダに用意されたあの施設は大きかった。

 地下数階まであるその牢獄のような場所には、あの日徴兵ちょうへいされた国民たちが入れられていた。

 中には、みずから兵になると意気込んだ愚者ぐしゃもいたが、大半が無理やり連れてこられた善良な国民だったのだ。


「……はい?会えない?どういう事かな、アタシは姫……じゃなくて女王陛下に呼ばれてたからここにいるんですけど?」


 レフィルは憤怒ふんぬした。

 呼ばれた事を忘れていた自分を棚に上げて、謁見えっけんの間の扉に立つ騎士に威圧を掛ける。


「――も、申し訳ございません!!なにぶん陛下は体調が優れないご様子でして……今日は誰にも会わないと……追い返せと。それは聖女さまも例外ではなく……」


「はぁ?そこはオブラートに包んで言ってあげなさい。なーに素直にありのまま喋ってんのよ。それじゃあ女王の威厳も何もないでしょうっ!」


「はっ――す、すみません!!」


 レフィルの圧に負けた結果なのだが。


「まぁいいわ……帰る」


 レフィルはきびすを返し、城を後にする。


(あーあ、兵も口が軽いわねぇ……信頼は一切ないのでしょうけど、もう少し信のおける部下を持たないと、滅びますよ?)


 約束を破られた怒りはない。

 むしろ会えなくて清々せいせいしている。


「……ん?」


 帰る途中、前方から歩いてくる金髪の青年。


(あれは確か、騎士団セルの団長……えっと、あーそう。ライグザール大臣閣下の息子だったわね)


「御機嫌よう、ライグザール騎士団長殿」


「これは……御機嫌よう、聖女レフィル殿」


 レフィルは感じた。

 何とも余裕のない顔をしている……と。

 髪は乱れ、目元はクマで黒い。前に会った時の優しげだと思っていた雰囲気は、どこにもなかった。


(やさぐれちゃってまぁ……そこまで権威が大事なのかしらね?)


 この男の最近の扱いが良くない事は、当然レフィルも知っている。

 新たに入ってきた騎士たち……言ってしまえば転生者たちに、その立場を奪われ始めているからだろう。


(んまぁ、それはアタシもなんだけどね……)


「……では、失礼を」


「あら……ライグザール騎士団長?女王陛下はお会いになりませんよ?」


 その言葉に足を止め、アレックス・ライグザールは言う。

 苦笑いを浮かべながら。


「よ、呼ばれていたんですが」


「うふふっ……アタシもですよ。すっぽかされてしまいましたね、どうやら今日は誰にも会わないようですよ?」


「……そうですか。はぁ……困ったお方だ」


「うふふ。本当ですね」

(へぇ、この男……ちょっと面白いかもしれないわね)


 レフィルは心内を見せない様に、アレックスにこう言う。


「ライグザール騎士団長。よかったらすっぽかされた者同士……お茶でもいかがですか?」


「……お茶、ですか」


 アレックスはいぶかしむ視線を一瞬送るも、直ぐに笑顔を見せ。


「ええ、構いませんよ……では行きましょうか」


「ふふふ……はい」


 レフィルの思惑は、アレックスにどう作用するのか。

 【奇跡きせき】の聖女は……迷える青年に力を授けるのか、それとも、地獄への片道切符となるのか……その答えは、もう直ぐ白日の下へさらされるだろう。


 利用する者とされる者、互に同じ立場であり……両者とも、そのどちらでもあると知らずに。

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