第7章【暴虐の女王と転生者たち】編

プロローグ7-1【心の雪は融けず1】



◇心の雪はけず1◇


 季節は冬の終わり、春の始まり……三月。

 【リードンセルク王国】が始めたその行いは、瞬く間に諸外国へと広まった。

 強制的な徴兵ちょうへいに、資金を集めるための商人や職人を王都に集結させると言うその手法は、他国から見れば戦争の前準備と取られても仕方がないと、国内外からもそういった声が上がっていた。

 それは王都……城でも同じであったが、戴冠した王女……いや、新たな女王には誰が何を言っても無駄だった。


 まず軍事の力……【王国騎士団・セル】の増強。

 アレックス・ライグザールが団長を務めるその騎士団だが、彼の権威は地に落ちる勢いで失い始めていた。

 その原因は、王女が優遇し始めた騎士たちの顔が大きくなり、アレックス・ライグザールの威厳が鳴りを潜めていたのだ。


 特に、リディオルフ・シュカオーンと言う男がその地位をおびやかしている。

 特異な能力を使うリディオルフには、一般の騎士たちは手も足も出なかった。

 リディオルフは、その姿を消す・・・・のだ……一瞬で背後や遠くに出現し、気配も無く斬られ魔法を撃たれ、敗北していった。

 団長であるアレックス・ライグザールですら何も出来ずに負けた時は……思わずその場の音が無くなったほどだ。


 その他にも、【リューズ騎士団】と言う騎士たちが王国軍に加わった。

 財務大臣に抜擢ばってきされた国一の大商人、【クロスヴァーデン商会】の会長ダンドルフ・クロスヴァーデンが金でやとった騎士たちだと言うが、それがまた強い人間たちの集まりだったのだ、しかし……喜ばしい事だけではなかった。


 あの日、【リードンセルク王国】全土で行われた徴兵ちょうへいだったが、少なからず反抗があり、新規の【リューズ騎士団】がダメージを受けた。

 特に、指揮を執れる騎士数人が怪我をした……中には重傷で、両腕を失った・・・・・・騎士もいた。

 それでも生き残り、王都まで撤退をしたその後……彼は今も療養中だ。

 その他にも、帰らぬ人となった騎士も数人いた。


 しかしそれでも、新たな女王は毛ほども気にしなかった。

 「人員ならば、こうして増やせるのだから」と、更に追加で徴兵ちょうへいされ、連れてこられた【リードンセルク王国】の国民たちは、今は王都の施設に収監されている。

 これではまるで投獄だ……という声もあったが、責任者である人物の一存で、そう言った非人道的な行為が黙認されているらしい。


 その責任者……というのは、一人の女性だった。

 王国の聖女と呼ばれ、奇跡の魔法を使いその地位を築いた。

 しかし実態は……転生者だ。


 彼女の名を、レフィル・ブリストラーダ。

 能力――【奇跡きせき】を使用する才女であるが、その心の奥底に存在する狂気は……マッドサイエンティストだ。


「……あーあー。また駄目ね……一般人はもろいんだから」


 棒付きキャンディーを口に含みながら、舌でころころと転がす。

 歯に当たってカラカラと音を鳴らすが、その音が地下に響いていた。


「う、うう……あぁ……ぅあ」


 レフィルはするどい眼で、その声の主を見下げる。


「壊れたわねぇ。えっと……これで何体目・・・だったかしら?」


 その質問に答えるのは、彼女の背後に立つ男性だった。


「――六十八人です、レフィルさま」


 カルテのような物を持ち、冷静にそう答えるが。

 顔は笑っていない。

 彼はクロック・レブンと言う、いわば聖女の助手だ。


「六十八体か……随分と数が減ったわね、もう少し量を増やそうかしら」


「はい、ではこちらを」


 その言葉にも素直にしたがう男。

 様々な物を置いたサイレントワゴンから、薬品をつかみレフィルに渡す。


「ふーん」


 聖女は薬品を受け取り、ちらりと男性を見る。

 その視線は何かを訴えてはいるが、そういう時は目をらす男性。


「……どれどれ、このくらいかしらね」


 レフィルは薬品に手をかざす。

 するとキラキラとかがやく薬品……効能が上がったあかしだ。

 能力――【奇跡きせき】は、人の身体に秘められた神秘を最大限まで向上させる。その力は道具にも使用でき、さしずめ【クレザースの血】のチート能力版だろうか。


「力を入れ過ぎれば、この男たちのように廃人はいじんとなってしまうんですよね……」


 男は廃人はいじんとなった青年を見下ろしながら言う。


「そうね。加減がムズいのよ……アタシの能力は。強制的に人間の限界を超えさせるんですもの、身体が持たない雑魚ほど、壊れるのは早いわね」


 使いようによっては、身体の再生までもを可能とするその能力。

 治癒ではないものの、その力は貴重だ。


「【リューズ騎士団】から報告にあった“治癒魔法の使い手”……確保しておきたかったですね」


「あーそれね。アタシの負担が減るんだもの、真っ先にやりなさいよ」

(回復は、転生者しか使えないんだったわよね……勿体ない事を)


 人差し指を男性に向けて、レフィルは言う。

 この世界では回復や治癒がとても貴重である。

 回復アイテムも品が少なく高価、傷を治療する薬ですら珍しいと言うのに、回復の魔法など、明らかに転生者の力だと分かる。


「それに……撤退したとか言ったわよね?南の【ステラダ】と、どこだっけ?」


「はい。王国南部の【ステラダ】と、東部の【カレントール】ですね。反抗があり……【リューズ騎士団】も被害を多数受けました。両所ともに大きな【ギルド】が存在しますから、そのせいでしょう」


「だからって、負けたまま逃げるぅ?ザルヴィネの片腕だって、まだ再生してないのよ?あれだけの手傷を負わされたんだから、せめて一矢いっし報うくらいしなさいよ?ねぇ?」


「私にそんなことを言われましても」


 ザルヴィネ・レイモーン。

 【リューズ騎士団】の騎士であり、あの日一番の手傷を負った人物。

 魔法により右腕を失い、更には部下をかばって左腕を失ったと言う。


「ま、あの怪我で生きてただけでも大したもんだけど、再生まではまだまだ掛かるわよ?アタシの【奇跡きせき】を腕に直接発動して、超時間を掛けて元に戻す……それだけでも分かるでしょ?」


「……はい。薬品を使わずの奇跡の御業……他の人間ならば崩れ去っている事でしょう」


 当然、異常なまでの痛みもあるだろう。

 更には能力で、人間の持つ自然治癒に、有り得ないほどの活発性を働きかける……それは常人では耐えられない痛みになる。

 再生と共に、痛みも尋常ではないからだ。その結果、自壊が起こるということだ。


「そ。成功例は少ないわ。ザルヴィネだって、いつぽっくり逝くか分かったもんじゃないし……あと、左腕だけは無理。再生も出来ないわ」


「聖女さまのお力でも……ですか?」


「うん、無理」


 断言するレフィル。

 男は思う、この自信家の女がそう断言するという事は、本当に無理なのだろう。


「だってザルヴィネの左腕……傷口すらないのよ?どうやって再生させるのよ。あれじゃあ始めから無かったみたいじゃない」


 ザルヴィネの左腕は、右腕とは違い傷口が無かった。

 消失と言うよりも、干渉を受け付けない……完全に細胞が破壊・・されていたのだ。


「傷を治す治癒能力は人間誰にでもあるけど……あの腕は異常よ。アタシの【奇跡きせき】を受け付けないなんておかしいわ……そーだ、治癒の魔法よりも、そっちを連れてきた方がいいと思うわよ?」


「はぁ、それは騎士団に言ってください」


 レフィルは「ふんっ」と鼻で笑い、作業に戻ろうとする、がしかし。


「あ――」


「どうしました?」


 何かを思い出したように、レフィルは途端に顔を青くする。

 明らかにあせっており、ブルブルと震え始めた。


「……わ、わすれてた……女王に呼ばれてたの……」


「……それは、ご愁傷様です」


 ガックリと肩を落とし、聖女レフィル・ブリストラーダは、王城へ向かうことにしたのだった。

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