サイドストーリー6-2【リハビリですよ!!】



◇リハビリですよ!!◇



「ぅ……ふっ……くぅ……んんっ……!」


 病院のリハビリ室から、声が響く。

 力を入れているような、めているような、そんな声だった。

 真剣に、しかしテンポの悪いそのリズムは、入院着を着た青髪の少女からはっせられていた。


 数日前までは群青ぐんじょうに近かった長い髪の毛は、先の方がグラデーションが掛かって、水色がかっていた。

 綺麗ではあるが、異常なのは間違いない。

 彼女の髪は変化したのだ……身体の一部となった、青色の【オリジン・オーブ】の神の如き魔力によって。


「――ふっ……ぐっ……ぐ、ぐ……うぅっ」


 手摺てすりつかまり、右足を踏ん張って、なんとか立ち上がる。

 これは初動だ……ゆっくりとゆっくりと動くが、既に額には大粒の汗が流れていた。リハビリを始めて一分……たったのそれだけで、疲労は限界だった。


「お、お嬢様、焦らずともよろしいのです……まだ魔力も安定しませんし、ゆっくりと……焦る必要は」


 心配そうに、まるで母親の視線を送るエルフの女性。

 ジルリーネ……彼女が不安気に見詰めるのは、ミーティア・クロスヴァーデンだ。


「――わ、分かってるわ……大丈夫、フフッ……今日は調子がいいの……きっと昨日よりも、上手く歩けるから……だから、もう少し」


 つかまる手を離し、足元をフラフラとさせながらも、ミーティアは笑顔を見せた。その笑顔は強引かつせ我慢であり、どう見ても引きつっていた。


「お、お嬢様……昨日、病室でミオも言っていたでしょう。お嬢様の身体に溶け込んだ【オリジン・オーブ】は、本来適合しないものだったと……これは奇跡なのです。だからご無理は……」


 ジルリーネは心配そうに、ミーティアの肩を支える。

 しかし肌に触れた瞬間、自分もゾッとする程に顔色を変えた。


(なんて冷えているんだ……これではまるで、氷のようだ。それなのに、お嬢様はむしろ熱いと言う……生きていてくれた事は本当に嬉しいが、心配だ……)


 触れる皮膚からはまるで冷気のごとく、人肌の体温が感じられない。

 【オリジン・オーブ】がその役目をはたしている右足に至っては、本当に氷のようだった。


「平気。この膨大ぼうだいな魔力を扱えるようになれば……普段よりも、今までの私よりも動けるようになるって言ってたし、体温も戻るって。それに……ミオにもクラウにも、平気だから……って言ってるし」


 彼女が強がる事は知っている。

 しかし、これでは生き急ぐ寿命間近の動物だ。


「それは今、この状況よりも……と言う意味合いですよ!無理をしては悪化もしかねません……昨日もその前も、お嬢様は倒れた・・・ではありませんか!」


 心配するジルリーネの言葉を聞きつつも、ミーティアは再度手摺てすりつかんで歩き始める。


「そう……かも……ね。でも、足を引っ張りたくないから……だから、頑張らないと。私は……もう、クロスヴァーデンじゃないんだから」


 床に滴る汗は、落下した瞬間に氷となって弾けた。


「……そ、それは」


 それは、ミーティアが個人的に言っている事だ。

 だが、その思いは本物だとジルリーネも分かっている。

 病院に入院する手続きも、偽名で通したからだ。

 それをきっかけに、ミーティアはクロスヴァーデンを名乗るのを止めると言い出した。


 【リューズ騎士団】が正式に王国所属の騎士団となったと同時に、王国の政権情報も伝えられた……ミーティアの父、ダンドルフ・クロスヴァーデンが、王国の財務を担当する大臣として……貴族の称号を与えられたのだ。

 しかも一気に公爵と言う、大出世だ。


(ダンドルフめ、お嬢様を強引に王都に連れ去ろうとするとは……しかも【リューズ騎士団】まで使って。いくら積んだのだまったく……金に糸目を付けぬとは、まさにこの事だな)


 ジルリーネの読みでは、【リューズ騎士団】の権利は、ダンドルフ・クロスヴァーデンが買い取ったと踏んでいる。

 内部に協力者がいたとしても不思議ではないし、あの騎士とは思えない奴ら……新人とは言っていたが、もとは傭兵団だった可能性を……ジルリーネは考えた。


「――あっ!!」


「お嬢様!!」


 ミーティアの右足が……滑った。

 ジルリーネは素早く反応して、ミーティアを支えるが。


「……」


「お嬢様!お嬢様っ!」


 瞳を閉じて、息を浅くする……完全に気を失っていた。

 身体は氷の様に冷たく、抱きかかえるジルリーネの腕までもが冷気で白く染まっていた。


「またっ……無理をするから!誰かっ!誰かいないかっ!?」


 大きな声を出して、看護師か医者を呼ぶ。

 直ぐに看護師が駆けつけて、ミーティアは運ばれた。


「お付きの方は控室で待っていてください!炎熱魔法の道具を使用しますので」


「分かった、彼女をお願いするっ……」


 ストレッチャーに乗せられ運ばれるミーティアの姿を、ジルリーネは心配そうに見詰める。


 リハビリを始めて数日……ミーティア、この様に全ての日で失神している。

 しかしミーティアは『ミオには絶対に言わないで』と、我を貫いた。

 それをジルリーネも尊重する事とし、ミオがいる時はリハビリを入れてはいない。


「ん……これは」


 ジルリーネは、ミーティアが滑り転びそうになった場所を見る。

 そこには……床を濡らすものが。

 リハビリ中に掻いたミーティアの汗だ。


「お嬢様の汗?……いや、これほどの量は異常だ……ならば」


 ジルリーネはしゃがみ込み、その水分に触れる。

 ヒヤッ――とする。まるで氷が解けたかのような。


「雪解け水のようだ。ミオ……お嬢様は、本当に大丈夫……なんだよな」


 一抹いちまつの不安は、年を越すことになる。

 その不安は、どれほどの数か……


 アレックス・ライグザールが目論もくろむ自分の可能性の鍵は、ミーティアとの婚約だと思っているだろう。それは将来の事だ。

 正式に貴族と成り、更には大臣の娘となった令嬢との婚約は、ステータスとして大いに貢献こうけんするだろう。


 ミオと並び立ち共に歩く為の、ミーティアの途方もない苦労は、みずからの夢を叶える為の……無数の困難だ。

 ミオと同じくらいに困難を抱える未来を……同じ歩幅で進んでいく為に、ミーティアは家名を捨てた……ジルリーネの予想だが、名も変えるつもりだろう。


 来年度、ミーティアは学生ではないかもしれない。

 ダンドルフ・クロスヴァーデンの手の届く場所に、いることは出来ないからだ。


 そして【ギルド】の経営が代わる事は確定だ。

 【リューズ騎士団】が王都へ移り、【クロスヴァーデン商会】もまた、王都だ。

 【ギルド】の経営が無ければ、冒険者学校での活動は如実にょじつに制限される……それは全生徒に言える事だが。

 一番影響があるのは、まさしくミーティアなのだから。


 そしてミーティアは、【オリジン・オーブ】の開闢者オープナーとして……その力と共に進むことになる。


 それは、彼女にどう影響するのか……今はまだ誰にも分からない。





 頭に巻かれた包帯を取る。

 傷はない。処置だけは上手いらしい、流石さすがに大きな病院だ。

 だけど、この擦り減った魔力だけはどうにもならない。


 私は自分の手の平を閉じたり開いたり。


「……駄目ね」


 壁に激突して出来た傷は塞がった。

 脳震盪のうしんとうで揺れた脳も、大事には至っていない。

 けれど、回復力の低下はダメージが大きい。


「魔力が戻らない内は、何も出来ないわね……【クラウソラス】を出す事も、翼を出すのも無理だし」


 いつもの何倍も安静にしているというのに、魔力の回復が非常に遅い。


「過剰使用……だったかしら」


 ミーティアがあんな事になって、今世で初めてあそこまで気が動転した。

 自分の最大魔力量を超えた魔力の使用で、私は現在……魔力が常に空っぽの状態らしい。

 回復しても数値の一にもならない程に弱り、今はただ安静にするしか解決方法は無いと言われた。


「ふぅ……安静にしているだけなら何ともないんだけどね」


 自分が自分じゃなくなってしまったかのような、そんな無茶な魔力の使い方だったわね……それに、ミオがあれだけミーティアを大切に思っていると知った。

 アイシアの事もある、だけど想いは止められない……二人はきっと、こ……恋人になるんだろう。


「くっ……弟のクセにっ」


 何故か無性に腹立たしくなり、ベッドの枕を殴る。

 ボフン……と静かに。力が入らないわね……


「でも、これでいいんでしょうね。あんな二人を見たらさ……」


 泣きじゃくりながら抱き合って、あんなに声を出して。

 ミーティアが助かったのは奇跡、まさしく奇跡だと思う。

 ミオの能力――【叡智えいち】と言う自意識を持った能力。そのおかげでなのか、アイズが介入して……初めて可能になった方法だ。

 だから二度目はない。次に誰かが犠牲になりそうな状況になっても、同じ方法は取れないんだわ。


 だから、その為には。


「強くならないと……私も、ミオの様に」


 拳を無理矢理握る。

 力は入らず震えるけれど、それでも意志は籠められる。

 私は強くなる。ミオを……皆を守れるくらい、私は強くなるんだ。

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