サイドストーリー6-2【リハビリですよ!!】
◇リハビリですよ!!◇
「ぅ……ふっ……くぅ……んんっ……!」
病院のリハビリ室から、声が響く。
力を入れているような、
真剣に、しかしテンポの悪いそのリズムは、入院着を着た青髪の少女から
数日前までは
綺麗ではあるが、異常なのは間違いない。
彼女の髪は変化したのだ……身体の一部となった、青色の【オリジン・オーブ】の神の如き魔力によって。
「――ふっ……ぐっ……ぐ、ぐ……うぅっ」
これは初動だ……ゆっくりとゆっくりと動くが、既に額には大粒の汗が流れていた。リハビリを始めて一分……たったのそれだけで、疲労は限界だった。
「お、お嬢様、焦らずともよろしいのです……まだ魔力も安定しませんし、ゆっくりと……焦る必要は」
心配そうに、まるで母親の視線を送るエルフの女性。
ジルリーネ……彼女が不安気に見詰めるのは、ミーティア・クロスヴァーデンだ。
「――わ、分かってるわ……大丈夫、フフッ……今日は調子がいいの……きっと昨日よりも、上手く歩けるから……だから、もう少し」
「お、お嬢様……昨日、病室でミオも言っていたでしょう。お嬢様の身体に溶け込んだ【オリジン・オーブ】は、本来適合しないものだったと……これは奇跡なのです。だからご無理は……」
ジルリーネは心配そうに、ミーティアの肩を支える。
しかし肌に触れた瞬間、自分もゾッとする程に顔色を変えた。
(なんて冷えているんだ……これではまるで、氷のようだ。それなのに、お嬢様はむしろ熱いと言う……生きていてくれた事は本当に嬉しいが、心配だ……)
触れる皮膚からはまるで冷気の
【オリジン・オーブ】がその役目をはたしている右足に至っては、本当に氷のようだった。
「平気。この
彼女が強がる事は知っている。
しかし、これでは生き急ぐ寿命間近の動物だ。
「それは今、この状況よりも……と言う意味合いですよ!無理をしては悪化もしかねません……昨日もその前も、お嬢様は
心配するジルリーネの言葉を聞きつつも、ミーティアは再度
「そう……かも……ね。でも、足を引っ張りたくないから……だから、頑張らないと。私は……もう、クロスヴァーデンじゃないんだから」
床に滴る汗は、落下した瞬間に氷となって弾けた。
「……そ、それは」
それは、ミーティアが個人的に言っている事だ。
だが、その思いは本物だとジルリーネも分かっている。
病院に入院する手続きも、偽名で通したからだ。
それをきっかけに、ミーティアはクロスヴァーデンを名乗るのを止めると言い出した。
【リューズ騎士団】が正式に王国所属の騎士団となったと同時に、王国の政権情報も伝えられた……ミーティアの父、ダンドルフ・クロスヴァーデンが、王国の財務を担当する大臣として……貴族の称号を与えられたのだ。
しかも一気に公爵と言う、大出世だ。
(ダンドルフめ、お嬢様を強引に王都に連れ去ろうとするとは……しかも【リューズ騎士団】まで使って。いくら積んだのだまったく……金に糸目を付けぬとは、まさにこの事だな)
ジルリーネの読みでは、【リューズ騎士団】の権利は、ダンドルフ・クロスヴァーデンが買い取ったと踏んでいる。
内部に協力者がいたとしても不思議ではないし、あの騎士とは思えない奴ら……新人とは言っていたが、もとは傭兵団だった可能性を……ジルリーネは考えた。
「――あっ!!」
「お嬢様!!」
ミーティアの右足が……滑った。
ジルリーネは素早く反応して、ミーティアを支えるが。
「……」
「お嬢様!お嬢様っ!」
瞳を閉じて、息を浅くする……完全に気を失っていた。
身体は氷の様に冷たく、抱きかかえるジルリーネの腕までもが冷気で白く染まっていた。
「またっ……無理をするから!誰かっ!誰かいないかっ!?」
大きな声を出して、看護師か医者を呼ぶ。
直ぐに看護師が駆けつけて、ミーティアは運ばれた。
「お付きの方は控室で待っていてください!炎熱魔法の道具を使用しますので」
「分かった、彼女をお願いするっ……」
ストレッチャーに乗せられ運ばれるミーティアの姿を、ジルリーネは心配そうに見詰める。
リハビリを始めて数日……ミーティア、この様に全ての日で失神している。
しかしミーティアは『ミオには絶対に言わないで』と、我を貫いた。
それをジルリーネも尊重する事とし、ミオがいる時はリハビリを入れてはいない。
「ん……これは」
ジルリーネは、ミーティアが滑り転びそうになった場所を見る。
そこには……床を濡らすものが。
リハビリ中に掻いたミーティアの汗だ。
「お嬢様の汗?……いや、これほどの量は異常だ……ならば」
ジルリーネはしゃがみ込み、その水分に触れる。
ヒヤッ――とする。まるで氷が解けたかのような。
「雪解け水のようだ。ミオ……お嬢様は、本当に大丈夫……なんだよな」
その不安は、どれほどの数か……
アレックス・ライグザールが
正式に貴族と成り、更には大臣の娘となった令嬢との婚約は、ステータスとして大いに
ミオと並び立ち共に歩く為の、ミーティアの途方もない苦労は、
ミオと同じくらいに困難を抱える未来を……同じ歩幅で進んでいく為に、ミーティアは家名を捨てた……ジルリーネの予想だが、名も変えるつもりだろう。
来年度、ミーティアは学生ではないかもしれない。
ダンドルフ・クロスヴァーデンの手の届く場所に、いることは出来ないからだ。
そして【ギルド】の経営が代わる事は確定だ。
【リューズ騎士団】が王都へ移り、【クロスヴァーデン商会】もまた、王都だ。
【ギルド】の経営が無ければ、冒険者学校での活動は
一番影響があるのは、まさしくミーティアなのだから。
そしてミーティアは、【オリジン・オーブ】の
それは、彼女にどう影響するのか……今はまだ誰にも分からない。
◇
頭に巻かれた包帯を取る。
傷はない。処置だけは上手いらしい、
だけど、この擦り減った魔力だけはどうにもならない。
私は自分の手の平を閉じたり開いたり。
「……駄目ね」
壁に激突して出来た傷は塞がった。
けれど、回復力の低下はダメージが大きい。
「魔力が戻らない内は、何も出来ないわね……【クラウソラス】を出す事も、翼を出すのも無理だし」
いつもの何倍も安静にしているというのに、魔力の回復が非常に遅い。
「過剰使用……だったかしら」
ミーティアがあんな事になって、今世で初めてあそこまで気が動転した。
自分の最大魔力量を超えた魔力の使用で、私は現在……魔力が常に空っぽの状態らしい。
回復しても数値の一にもならない程に弱り、今はただ安静にするしか解決方法は無いと言われた。
「ふぅ……安静にしているだけなら何ともないんだけどね」
自分が自分じゃなくなってしまったかのような、そんな無茶な魔力の使い方だったわね……それに、ミオがあれだけミーティアを大切に思っていると知った。
アイシアの事もある、だけど想いは止められない……二人はきっと、こ……恋人になるんだろう。
「くっ……弟のクセにっ」
何故か無性に腹立たしくなり、ベッドの枕を殴る。
ボフン……と静かに。力が入らないわね……
「でも、これでいいんでしょうね。あんな二人を見たらさ……」
泣きじゃくりながら抱き合って、あんなに声を出して。
ミーティアが助かったのは奇跡、まさしく奇跡だと思う。
ミオの能力――【
だから二度目はない。次に誰かが犠牲になりそうな状況になっても、同じ方法は取れないんだわ。
だから、その為には。
「強くならないと……私も、ミオの様に」
拳を無理矢理握る。
力は入らず震えるけれど、それでも意志は籠められる。
私は強くなる。ミオを……皆を守れるくらい、私は強くなるんだ。
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