サイドストーリー6-3【冬の作業ですよ!!】



◇冬の作業ですよ!!◇


 【サディオーラス帝国】最東端……【豊穣の村アイズレーン】。

 これは、冬の村での恒例行事ある。


「――リアちゃん!?ええええええええ!?」


 オレンジの髪の毛をフードでかっぽりと隠し、アイシア・ロクッサは叫んだ。

 大量の雪の山……新雪であるそこに、子供サイズの跡がくっきりと出来ていた。

 人型のそれは、日本の文字で『大』……大の字であった。


「むがが、んみゅうううう……あいっ!!」


 ボッ――!!と頭を出す、【竜人ドラグニア】の少女、リア。

 耳も鼻先も真っ赤にしもやけており、それでも満面の笑みでアイシアを見た。


「げ、元気だねぇ……相変わらず」


「うん!!アイシアもっっ!」


 リアは元気にうなずき、アイシアの手を取った。

 ……という事は、もう先の見えたアイシア。


「えっ!!いやちょ……まっ!」


 無理だと、手を離そうとしたのだが……最強種族【竜人ドラグニア】の腕力は異常である。

 次代の女神候補……EYE’Sアイズではあるが、身体能力は一般人のアイシアに振りほどけるものではなく、当然のように引っ張られて……ダイブ。


「――わぶっ」


 ボフゥゥ……ン。


「あははははっ!」


「ぷはっ……もう!あははじゃないよぉ!」


 雪から出て来たアイシアの瞳は、紫色に変貌していた。

 つまり、未来を見たのだ。


(雪に引っ張られる光景が見えたのに……回避できなかったよ)


 恐るべし、【竜人ドラグニア】の腕力である。

 つかまれた時点で光景が見え、しかしその光景を回避する術がないというのも……何とも言えない力だった。


「あははっ……雪!雪ぃぃ!」


「……げ、元気すぎるよぉ」


 バフッ!バフゥゥゥン!!


 新雪の雪が宙に舞い、あたかも今降って来たかのように積もっていく。

 リアが腕を振るい、叩くだけで……それが起きているのだから。


「リアちゃんっ、ちょっと静かになろうね!」


 アイシアはリアの身体をギュッと抱きかかえるように抑え込むと、暴れん坊のリアもシュン――と大人しくなる。

 めるでネジの切れたおもちゃのように。


「はぁ……まさかリアちゃんが、ここまで雪に興奮するなんて」


 村に帰って来たミオが連れて来た……迷子の女の子。

 【竜人ドラグニア】――と言う珍しい種族らしいが、生まれは何処なのだろうと、聞いても考えても答えは出なかった。

 雪が珍しいという事は、雪の降らない国の可能性もあるよね……と、アイシアは考える。


「リアちゃん」


「うん?」


 小首をかしげるリア。

 仕草は完全に幼女……少し子供っぽ過ぎる気もするが。


「……雪、好きなの?」


「う~ん……わかんない。はじめてだし……でもね!」


 リアは手首だけを動かして、雪をモフモフと触る。


「でも?」


「うん!でも……白いお山は見てたよ!」


「白いお山?」

(それって……雪山ってことかな?って事は……ここら辺はそこまで高い山は無いし、そんな雪山が見える近くに、リアちゃんは住んでたのかなぁ?)


 【豊穣の村アイズレーン】付近は基本的に平地であるため、冬の時期になっても雪山が見れる訳ではない。

 森や川などは多くあるが、標高の高い山は皆無だったのだ。


「おーい、ロクッサのお嬢さーん!」


「?」


 アイシアを呼ぶ男性の声が。


「えっ……と確か、最近越してきた……イドアズさん?」


「おう。はぁ……やっと見つけたよ」


 はぁはぁと息を荒くし、膝に手をついて息を整える男性。

 年は三十代前半……雪で白くなった顎髭あごひげをさすって言う。


「す、すみません……探させてしまったみたいで」


 正確には除雪作業中にリアが興奮して走り出してしまったしまったため、仕方なく追いかけていただけだが。


「いやいや、いいんだ。ロクッサのお嬢さん、ウチのが探してたよ。手伝って欲しい事があるんだとさ」


「奥様が?」


 このイドアズと言う男は【ステラダ】からの移住者である。

 妊娠中の妻を気遣い、野菜の美味いこのアイズレーンへ越してきたのだと言う。


「ああ、そうなんだよ……お隣さんってだけなのに悪いね」


「いえいえ、そこはお気になさらずです、奥様は大事なお身体ですし……村に人が増えたのは喜ばしいんですよ」


「そうかい?いや悪いね……それじゃあ頼むよ」


「はい。所で……要件は何なんですか?」


「ん……あーえっと、何だったか」


 奥様に聞いておけばいいのでは……とは言わないで、アイシアは笑う。

 立ち上がり、リアを離す。ポンポンと雪を払うと、リアは。


「……」


「リアちゃん?」


 遠くを見るリアに、アイシアは不思議な感覚を覚える。

 これは……光景が浮かぶ予兆。


「――ん」


 思わず目を瞑る。

 イドアズには、雪に反射した光で眩しかったように見えただろう。

 しかし、アイシアは。


(……まただ……目の奥が痛い。光景が見える……これは、なに?)


 見た事のない場所に……自分がいた。

 笑顔で、幼馴染の少年や青髪の少女と並ぶ。

 大きな建物には、【――商会】と書かれていたが、頭の文字は見えなかった。


(ミオと、ミーティア?それに、わたし……だよね?ほかにもいるけど……誰だろう?知らない人たち……あ、ジルリーネさんもいる……)


 その人たちの姿は、何だか大人びていて……とても今すぐの光景とは思えなかったが、確かに知り合いたちの姿なのは分かった。

 ミオは更に大きくなって、ミーティアはとても美人さんだ。

 自分も、今よりも髪が長く、大人びているように見える。


(……リアちゃんは、いない?それとも……この中の大きくなった……誰か?)


 知らない人たちの中に、成長したリアもいるのだろうかと。

 そう思った瞬間……ペチン――と、頬に痛みが。


「――いたっ……え??」


 アイシアが紫に変貌した眼を開けると……そこには。


「アイズ……さん?」


 目の前に、アイズが立っていた。

 その結界、頬の痛みはアイズにビンタされたからだと気付いた。


「――あら、もう気付いた」


 スッと手を降ろすアイズ。どうやらもう一発お見舞いしようとしていたらしい。


「び、びっくりしたよ……急にこの人が、お嬢さんを叩くから」


 イドアズが、頬を指で掻きながら言う。


「あ。す、すみませんイドアズさん……先に行ってて下さい、後で奥様の所に行きますので……」


 イドアズは「そ、そうかい?じゃあ」と言って家に戻っていった。

 そしてアイシアは……急にビンタしてきた……というか急に現れたアイズに。


「なんでいきなりビンタするんです?痛いですよっ」


「……はいこれ」


「え」


 アイズは何の脈絡もなく、突如としてアイシアに何かを渡してきた。

 反射的に受け取ってしまったアイシアだが……


「……これ、綺麗……」


 紫色の……宝珠だった。


(なんだろう……スゥ……っと入り込んでくるような感じ。わたし……これを知っている気がする)


「お守りよ。肌身離さず持っていなさい……それしかないから、色は選べないわ。残りは……ミオとミーティアが持ってるから、一緒に居たいなら持っておくこと。いいわね?」


「え……ええ?何が何だか、なんでミオが?ミーティアも?」


「いいから」


 そう言って、アイズは去っていく。

 本当に急過ぎる……呆れるほかないと、アイシアはガックリとする。


「いいなぁ……リアも欲しい……あ!!リアの、お兄ちゃんが持ってるんだ!!むぅぅぅぅっ!」


 思い出したかのように、地団太を踏むリア。


「か、かわいい……」


 だがしかし地響きになるのでやめて欲しい所。

 アイシアはリアを押さえつつ、去ってしまったアイズの背中を見る。


(アイズさん……なんだか元気がない気がする。気の、せいかな……?)


 後ろ姿に影を差し、その姿が見えなくなるまで見届けて……アイシアとリアも歩き出した。頼みごとがあるというイドアズの妻の所へ行き、それが除雪のお願いだとは思わなかったが、リアが外で遊んだだけで……家の近くの雪は、大半が平地になるのだった。


 こうして【豊穣の村アイズレーン】の冬は、何事もなく過ぎる。

 迎える春は……どんな景色を見せるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る