第6章サイドストーリー【静かに冬は過ぎて】

サイドストーリー6-1【入院ですよ!!】



◇入院ですよ!!◇


 【リードンセルクの慟哭どうこく】……後の世界でそう呼ばれることになる事件から、数日。

 俺は【ステラダ】の【カルバルート医院】の病室で、窓から外をながめていたんだが、街は思いのほか平穏だった。

 病院のある西方でも徴兵ちょうへいは行われていたが……騎士は恐ろしいほどに低姿勢だったのだとか。

 そんな騎士が他の場所にもいてくれたら、どれだけ楽だったか。


 しかし、そんな騎士の弱気な指示による徴兵ちょうへいに従う者は皆無。

 金銭目的の冒険者が数名徴兵ちょうへいに従っただけで、ほぼ被害は無し。

 【ステラダ】でも一番の平静だった……のだが、当然ながら他の場所では被害が多々あった。

 俺等のような、抵抗した学生や一部の冒険者、元冒険者の夫婦など、【ステラダ】だけでも結構な数がいたんだってさ。

 

 だが、問題は相手が正規の軍人だったという事……無理に抵抗しては、拘束されるのがオチだ。

 完膚かんぷなきまでに撃退……出来ればともかく、一般人や業者の多い【商業の町ステラダ】では、そもそも抵抗しようなどと思う人の方が少ないんだよな。


 俺たちしかり、冒険者学校の生徒しかり……な。


「ふあ……あぁぁ~。暇だなぁ……雑誌とかゲームとか欲しくなる」


 まぁ、あったとしても出来ないんだけどな。

 俺は自分の手を見る。


「う、動かすにも神経使うなぁ」


 あの日、ミーティアの事でアドレナリンが出まくっていた俺だが、実はまぁまぁな重傷だった。特に両腕だな……【破壊はかい】の影響で爪は全部がれてしまって無いし、皮膚もボッロボロ。筋肉まで引き裂かれてて、フォークやスプーンすら持てないんだぜ?


「はぁ~……養生するしかないんだろうな」


 爪が完全に揃うには、全治約一ヶ月だとさ……その間は入院だ。

 クラウ姉さんに治癒の魔法をかけて貰おうにも、あの人もあの人で頭を打ってたり、魔力が欠乏症になるほど魔力を使っていたらしくて、俺と同時にぶっ倒れたんだ。

 それに、傷を治療できても爪の再生は出来なかっただろうから、結果入院だろうな。


「せっかく天上人なんて素晴らしい進化したのに、これだもんな……リアの種族【竜人ドラグニア】の回復力が凄まじいって、よくよく理解したわ」


 その通りで残念なことに、天上人になっても回復力はそう変わらないんだってさ。

 勿論もちろん、体力や頑丈さが強化されているから痛みは少ないし、見た目ほど重くはないよ。


 後は……病院側の配慮かな。

 俺たちは騎士を撃退してる。手配されてもおかしくは無いんだ。

 【無限むげん】でおちょくった最初の二人はともかく、俺が吹き飛ばしたあの騎士二人が――生きていれば、だがな。


「――失礼しまぁ~す♡」


 き、来た……


「あ……はい」


 病室に元気な声が響いた。あの、ここ大部屋ですけど。

 ほら、おじいちゃんビクッとしてるから。

 あ~でも……マジでこの時間が一番気まずいんだよ。


「スクルーズくぅん、お食事で~すぅ♡」


 甘ったるい猫撫で声で、食事を運んでくる看護師さん。


「いや、すいません……あの、一人で出来ますんで」


 この人は俺の担当看護師さんなのだが、腕を負傷しているからか、甲斐甲斐しく世話をしてくれるんだ。

 まるで成年コミックの展開だね……って!下の世話はされてねぇよ!!


「うふふぅ……な~にまた馬鹿な事を言ってるんですかぁ!そんな手で、食べれないでしょ~?ほらほらぁあ~~~ん♡」


「……いや、その……」(ドン引き)


 くぅ……それが世知辛い所!!

 身体が頑丈になっても、動けないのは本当で……食事も一人で出来ない!

 初日に動物のように口だけで食おうとも思ったら、「君のような人がそんな真似しちゃダァァメェ!!」って看護師さんに見られてガチギレされた。


 くそぅ、食うしかないのか……あ~んとか、実は苦手なんだが。

 は?された事ないだろって?……無いけどもね!!

 しかし、そんな俺が意味のない覚悟をしようとした所。


「――それじゃあ。私が代わりますよ、仕事熱心な看護師さん?」


「「え」」


 部屋の入口に……小さな影。

 口端をグンと引きつって、睨むように看護師さんを捉える天使。


「あ、あ~~~――お、お姉さん、だったね~。そ、それじゃあ……お、おねがいしま~す!し、失礼しました~~~!」


 逃げた。まるで鬼でも見たかのように、看護師さんはクラウ姉さんから逃げ出した。いやいや、この人も結構な重傷者じゃないんか?いいのかそれで、看護師さんよ。


「……」


 そのクラウ姉さんは何も言わず、椅子に座り。

 スプーンで野菜スープをすくって……


「はい――あ~ん♡おいちぃ~」


「ぶふぅっ……!!」


 突然声色を変えて、そんな事をしだす。

 これはあれだ……昨日の看護師さんの真似だわ。

 見てたな?


「や、やめてくれよ。唾が出たじゃん……」


 飲み物飲んでたらヤバかったな。


「だって、なによあの看護師。毎回毎回、あんな色目使って猫なで声出してさぁ……医療機関で働く以上は、真剣にやって欲しいものだわ。そういう仕事じゃないってのっ。ほら、口開けなさい」


「あ、はい」

(そうか、前世では医者だったっけ……解剖医?監察医?だっけ)


 いさぎよく口を開けて、頂く。

 う~ん……やっぱり野菜はうちのが一番だな。


 お!そうだ!ミーティアが商会やるようになったら、病院におろすのもアリだな。俺が育てた野菜をおろせば、健康になれそうだ。


「どう、おいし?」


「……まぁ、普通?」


「そこは美味うまいって言いなさいよ、お姉ちゃんが食べさせてんだからっ」


 悪かったね正直もんで。


 何度かそんな会話を繰り返し、スープを飲みパンをかじり。

 時間はゆったり進む……


「……姉さん、頭大丈夫?」


「――は?馬鹿にしてんの?」


「ち、違うって!!」


 すみません!言葉のニュアンス間違えた!!

 俺が言いたいのは、怪我けがの方だよ!!


「姉さんだって頭を打ってたし、魔力の異常な消費でヤバかったんだろ?だからさ……それに、包帯してるし」


 クラウ姉さんは頭に包帯を巻いていた。

 まだうっすらと血が滲んでいる事から、代えてもまだ傷が塞がっていないんだろう。


「【治癒光ヒール】が使えればすぐ治せるんだけどね……魔力が中々戻らないのよ。一ヶ月くらいだってさ」


「……俺と一緒だ。俺もそんくらい」


 そうなんだよな……クラウ姉さんに回復魔法をかけて貰えれば、入院なんて必要なかったんだけど。魔法禁止のお達しが出たら仕方がない、俺もだし。


「これはあれね、クリスマスも正月も病院生活だわ」


 しみじみとそんな事を言うクラウ姉さん。


「ははっ……そういう事になるなぁ、日本なら」


 子供なら発狂レベルだぞ。

 因みに、俺はクリスマスも正月も楽しんだことは無い。


「帰れなかったわね、今年は」


 俺は一回帰ったけど。


「だね。来年は……いや、まだ分かんねぇな。この状況だと……」


 俺は窓の外を見る。

 なんらおかしい所のない、普通の光景だが……北西部は違う。

 【王立冒険者学校・クルセイダー】と【ギルド】がある方角だ。


「そうね。今回の事件で、学校と【ギルド】には亀裂が入ったから……学校側もてんやわんやでしょうけど、どうなるのかしらね」


「どうだろ。昨日ジルさんも見舞いに来てくれて……そこで言ってたけどさ、【リューズ騎士団】の知り合いたち……ほぼ全員と連絡が取れないってさ」


「そう……謀反むほんとか、造反とか……あったんでしょうね」


 その可能性が高いと、ジルさんも言ってたな。

 団長と連絡が取れないという事は、団長もグルだったかも知れないが、ジルさんはその団長さんを信頼していたみたいだし、勝手な事は言えない。


「それにしても、【リューズ騎士団】の奴が正規の騎士って言ってたのは……そういう事だったんだな」


「あ~、あの発表ね」


 【ギルド】の経営団体、【リューズ騎士団】は、全権利を王国に移譲したと発表。

 今後は王国傘下さんかの騎士団として、正式な軍隊となるんだとさ。

 これにはジルさんも「なにが自由騎士だ」とご立腹だったよ。


「あいつらは、マジで【リューズ騎士団】だったのか?ジルさんは知らない奴って言ってたけど」


「騎士なんてピンからキリまでいるでしょ。知らない人だっているわ……」


 憎たらしいものを思い出すように、クラウ姉さんがスプーンを握りしめた。

 強い奴もいた……クラウ姉さんを負かすような奴が。

 だけど、ウィズが言うには……相性の問題だって言ってた。


「あのチャラい男……【収縮シュリンケージ】って言ってたけど、考えれば分かる……クラウ姉さんの攻撃を、小さく減少させてたんだよ」


「【収縮シュリンケージ】……それが能力。またあれ?【叡智えいち】だっけ、ミオの能力」


「ああ。助言をくれるんだ……たまに口うるさいけど」


 徐々にだが、俺もクラウ姉さんに能力を説明し始めた。

 手始めに【無限むげん】と【叡智えいち】。

 あと【紫電しでん】と【極光きょっこう】だな。

 少しずつだから、全貌ぜんぼうは言えてないけどさ。


「便利ね、私ももう二~三個欲しいもわ……能力」


 立ち上がり、そんな事を言う姉。

 可能ではある……クラウ姉さんに、【譲渡じょうと】か……


「ま、まぁ発現するかもしれないし!ほら、【感知かんち】とかみたいなさっ」


 今は考えるのよそう、悪いことになりそうだ。


「――そうね。それじゃあ、私は戻るわ……お昼まだだし」


 自分の食事よりも俺に会いに来たのかよ。


「うん」


「ああそれと……ミーティアが明日からリハビリだって。一応報告」


「そっか、サンキュ」

(分かってはいたけど、やっぱり普通に歩けるわけないよな……)


 礼を言い、帰るクラウ姉さんの背中を見届けて。

 俺はベッドから起きて窓を開けた。


 冬の風が病室に入り込む。

 ビュオー……と、冷え込んでるな、外は。


「――さっびぃ」


 大部屋だけど、同室のじいちゃんたちは検査に出たのか今は一人だ。

 少しくらいはいいだろ。


「……頑張らねぇとな。俺も……ティアも」


 【ステラダ】の二年目は、いったいどうなっていくのだろうと思った。

 冒険者学校は、【リューズ騎士団】……国に歯向かったことになるからな。

 俺らやラクサーヌさんが、撃退しちまったし。


 二年生に……なれんのかな。

 それどころじゃない気がするな……根本的に。


「はぁ……」


 不安しかない新年度まで――残り四ヶ月(一ヶ月入院)だが。

 その不安の通り、俺たちは【ステラダ】に留まる事が出来なくなる。

 まるで逃げ出すように、この場所から去る事になるのだった。

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