エピローグ6-1【犠牲1】



◇犠牲1◇


 ギャシャァァァァァァァ――!!


 鮮血せんけつの赤、魔力の青を基調に……そのうずを巻いて練られた極大の【青い星ブルースター】は、見えないほどのいきおいでザルヴィネの右肩を穿うがった。


 ドシュ――ッ!!


「うぐっ……!がはっ!」


「どわあぁぁ!!あっぶねえ!……ザ、ザルヴィネさん!!」


 ザルヴィネの肩を穿うがった【青い星ブルースター】は、軌道のズレたコーサルには当たらず、頭部をかすめて飛んで行く。

 もしザルヴィネに当たっていなかったら、コーサルは塵も残らなかっただろう。


 そして……【青い星ブルースター】は遠くで霧散した。

 それと同じく、ミーティアも。


 どさりと……まるで糸の切れた人形のようにだらしなく、崩れた。


「……私……の……未来……を……ミ――ォ」


 小さく言葉をはっするも、失った大量の血。

 更には最大魔力を大幅に上回る量の魔力を使用した結果……


「し、死んだ・・・?」


 そうつぶやくコーサルの視界の端に……人影が。

 男のその不用意な言葉に、急激に意識を覚醒させた人物が。


「――っ!!」


 ブン――と、コーサルの首をかする……光の剣。

 ギリギリ避けたコーサルの隣を、猛スピードで駆け抜けていく。


「うおぉぉぉ!?この……チビっ!!」


「――ミーティアっ!!ミーティアァァァ!」


 意識を取り戻したクラウは、頭部から血を流していた。

 吹き飛ばされた時に壁に頭を打ち……脳震盪のうしんとうを起こして気を失っていたのだ。


 それでも、“死”という言葉を耳に届かせて……


「――ミーティアっ!しっかりしなさい!【治癒光ヒール】!【治癒光ヒール】!!」


 クラウはミーティアを抱き起し、魔法を掛ける。


「なんで!!魔力が……回復が、弱いっ!!」


 パァァ――と、光はあわくミーティアを包んだ。

 開けられたままの瞳には、泣きじゃくるクラウが映っている。

 しかしクラウが言う通り、確かに治癒の魔法は発動しているにも拘わらず、その光はとても弱々しかった。


 クラウが魔法をかけるその間に、コーサルはいそいそと倒れたザルヴィネのもとに向かった。

 あっちは放っておいても、時間の問題だと判断して。


「大丈夫っすか……っておう……千切れとるっすね、腕」


 千切れたというよりも、指から肩口まで……完全に消滅している。


「――撤退だ。コーサル」


 立ち上がり、ミーティアの魔法で消滅した腕を肩から押さえるザルヴィネ。

 さほど気にもしない仕草で、その筋骨隆々の筋肉を圧縮させて出血を防ぐ。


「え、撤退すか?じゃああの女子二人を連れて……」


「構わん。あれは見なかった事にしろ」


「は……ええ!?いいんすか!手柄っすよ!?」


 戦力になりそうな治癒の魔法を使える転生者。

 そして新たに国の大臣となる人物の娘。

 それを、見逃すと言うのだ。


「……」


 ザルヴィネは瞳孔の開いた瞳で少女二人を見る。

 必死に治癒の魔法をかける転生者の少女……血濡れの青髪の少女。


 息絶える直前なのだと、さっする。

 死ぬ運命さだめなら、見なかった事にしても……報告さえしなければいいと。


「あーあ。せめてハーフエルフは持って行きてーな……もったいねー」


 そんな事を言うコーサル。

 ザルヴィネはそれを無視して。


「行くぞ……ん?」

「――お??」


 その感覚は、能力の変動だ。

 ザルヴィネが使用した【封界シェル】が……今この瞬間に、消滅したのだ。


「――なんだ?……俺の【封界シェル】が……壊れただと?」


「あん?さっきのあの子の魔法じゃないっすか?それにザルヴィネさんの腕、落とされて能力が中途半端になったとか?」


 ミーティアの血を吸った、赤き【青い星ブルースター】の一撃。

 ザルヴィネは「そうか……」と納得する。

 しかし……それが間違いだとは気づかずに、この場を後にしようと足を動かした。


「――む、誰だ」


 近くに、魔力の反応が二つ。

 もうすぐここに到着する。


「……ジルさんっ、そこだ!その角っ!そこからティアの魔力を感じた!!さっきの光は、ティアの……!」


「ああっ!お嬢様……!クラウっ」


 角から出現したのは……金髪の少年と銀髪のエルフだった。

 お嬢様というのは、言わずもがな瀕死の少女。

 クラウは転生者だ……


「知り合いか……厄介な」


「どーします?」


 角を曲がって来て、少年は直ぐにザルヴィネとコーサルに気付く。


「!!――誰だ、お前ら……【リューズ騎士団】だな!」


 金髪の少年……ミオは警戒してザルヴィネに問う。

 視線が上から下、周囲にも目配りが出来ている……自然にザルヴィネの正面に入り、銀髪のエルフをかばう位置を取っていた。


 直感的にザルヴィネは思った……強い……と。


「俺たちは王国騎士団所属のスカウターだ」


「スカウトだって?強制的に住民を連れ去って何を言ってんだっ!」


 ごもっともだ。しかし。


「中にはみずから志願する者もいた……極少数だがな」


「従わない奴には暴力で制圧して……よくそんな事が言え――っ……!?」


 ミオの言葉は途中で途切れた。


 片腕で頭に手を当てるザルヴィネ。

 別働隊が強行をしたのだと一瞬で気が付き、それをしそうな人物にも心当たりがあったからだ。


「それは失礼をした……だが――」


「――黙れよ」


「む、これは……!!」

「うおっ……な、何だ急にっ!」


 少年の視線は……ザルヴィネの後方に移っていた。

 それを見た瞬間、空気が一変したのだ。

 身震いするほどの……恐慌きょうこう

 冷汗が流れ、身体が震え、声が詰まる。


 こんな少年に……恐れているのだと、気付かされた。

 動くことも出来なく、フリーズした二人の横を……少年とエルフの女性は通り過ぎる。

 すると……少女、治癒をしていたクラウが。


「――ミ、ミオ!!ミオ……ミーティアが、ミーティアがぁぁぁ!!」


 力なく脱力する身体……衣服を濡らす鮮血せんけつ

 青白い顔に、光のない瞳。

 そして……千切れた右足が……ミオの視界に。


「――ティア!!」

「お嬢様ぁぁぁぁ!!」


 駆け寄る二人、何度も何度も声を掛けるが……反応は無かった。


「ごめんミオ……私が、私が……!」


 泣きながら治癒を続けるクラウの顔色も相当悪い。

 魔力はもう、底を尽き掛けているのだ。

 それでも必死になってミーティアを癒そうと、懸命に。


「姉さん……なにが、なんでティアがっ!くそっ……俺のせいだっ!!」


 ミオは自分を責めていた……自分が来ていればと、判断を間違えたのだと。

 クラウもまるで当然のように自責の念に駆られていた。


「私が気絶なんてしたから……私を置いて逃げれていたらっ!こんなことにはっ」


「お嬢様!お嬢様ぁ!しっかりして……しっかりしてください!なぜ、なぜこんな……どうしてお嬢様がっ!」


 三人共気付いている……認められないだけで、もう灯火は消え去る寸前なのだと。


「――お前ら……か、お前らが……やったのか……!!」


 その怒りの感情を、そのままぶつけられたかのような視線は、ザルヴィネとコーサルを震えさせた。


「……マ、マジかよ、なんなんだこのガキ……俺が、お、怯えてる??はは……噓だろ?」


 自分の両手を見て、その震えに信じられないと言う言葉を使う。


「この感覚、この魔力――まさか少年……超越者かっ!!マズいぞコーサル、今すぐに撤退を――」


「――させるかよぉぉぉぉっ!!」


 怒り、悲しみ、いきどおり、不甲斐なさ。

 そんな感情をぶつけた、ミオの叫び。

 声は震え、視界は涙に濡れていた……


「ぐおおっ、これは!」

「な、なんだ!!地面が……」


「許さねぇっ!!許さねぇぇぇ!許して……たまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 隆起する地面は形を変え、二人の足を取った。二人の騎士は逃げられない。

 変貌した地面は阿修羅あしゅらのごとき腕に変化し、ビクともしなかった。

 ミオの冷める事が出来ない怒りは、こうして十五年の時をかけて……爆発した。

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