エピローグ6-2【犠牲2】



◇犠牲2◇


 何が起きたんだよ……誰のせいだ。

 そんなもの、俺の……せいだ。


『――違います!誰のせいでもありません!』


 だけど、この怒りをどこにぶつければいい……自分の不甲斐なさをまじまじと実感させられて、大切な女性ひとを傷付けたその事実だけが、俺の目の前にあるのに。


『――落ち着いてください!魔力を抑えてっ』


 一目で分かってしまうほどの、命が消えていくカウントダウンが、時を刻んでいる。自分がどんなに傷つくよりも、圧倒的に痛む心のダメージ。

 辛い……痛い……苦しい。


『冷静に!ご主人様っ!!』


 憎い……目の前にいるこの男たちが、元凶だと状況判断で理解できてしまった。

 こいつらがミーティアを傷付けたんだと、だから……殺してしまいたいほどの憎悪が心の奥底から湧き上がって来る。


『その力は――駄目です!これ以上使用してはっ!!』


 黙ってくれ……ウィズ。


 ここに来る直前、張られていた結界を壊したのは、確かにお前が助言してくれた【破壊はかい】の能力のおかげだ。

 ほんの少し前、俺は何度か攻撃や魔力を用いて結界の解除を試みたが、全然だめだった。そこでウィズがくれた助言……【破壊はかい】の黒いオーラをまとって、その結界を打ち砕いたんだ。


 だけど、たったそれだけで両腕はボロボロになっていたんだ。

 【カラドボルグ】と【ミストルティン】は影響を受けないけど、人体は別だったらしくてさ……今も、両手の感覚はない。


 でも、【破壊はかい】の力があれば……こいつらを。


「お前らが……ティアを、ミーティアをぉぉぉ!!」


『ご主人様っ!くっ……【叡智ウィズダム】で制御できないなんて……!!』


 クラウ姉さんとジルさんの悲痛な叫び声が聞こえる。

 イリアも傷付いて倒れている。


 このままではミーティアが……死んでしまう。


「マズい……コーサル!【収縮シュリンケージ】を使え!!」


「ちょ!俺の能力名まで言うなよザルヴィネさん!!」


 そんな事、知った事か!!

 なんの能力だろうが関係ないっ!全部……ぶっ壊してやる!!


「――ぶっ壊れろっ!!【破壊デストラクション】!!」


 黒いオーラが発生する。

 右手から生まれたその漆黒の力は、周りの環境を壊して行く。

 空間の魔力を吸収し、大きくなり……俺の右手の皮膚を引き裂いて行った。


 今日二回目の【破壊はかい】の発動。

 天上人となっても、【破壊はかい】の力はすさまじく、ぎょせるものではなかった。


「マジで……なんだよその能力!!このガキも転生者……しかもやべぇ能力の使い手!くっそ……【収縮シュリンケージ】!!圧縮しろ!!」


 派手な男が叫ぶ。

 シュリンケージ……って、どういう意味だよ。日本語で言えよクソが!!


 魔力が発生した……そうか、【破壊はかい】にぶつけるつもりなんだな。

 だったらいいよ、正面から受けて……この世界から消し去ってやる!!


 俺は右手から発生した黒いエネルギー体を振りかぶり、投げた。

 皮膚を引き裂き、爪を剝がし、筋肉を壊したブラックホール。

 手のひらサイズのその黒い穴は……感情までも吸収して行き……騎士二人に向かって飛んで行った。


「くっ……【封界シェル】!!」

「まだだ……【収縮シュリンケージ】!!【収縮シュリンケージ】!!」


 騎士二人が能力を何度も発動している。

 動かないのは、俺が【無限むげん】で足場を固定したからだ。


「――消えてしまえよ……!!この世界から!!」


 そう憎悪を籠めた俺の言葉とは裏腹に、ブラックホールは少しずつ小さくなって行き……騎士二人に到達する寸前で……消えた。

 いや、違う……極小まで小さくなったんだ……なら、残っている内に!!


ぜろおぉぉぉぉぉぉ!!」


 魔力を最大限までめて、一気に爆発させる。

 それで充分だ……それで、ここ一帯は吹き飛ぶ。


『くっ……周囲の被害を――最小限にっ……【無限インフィニティ】!!』


「ぐ……おおおおおおおおっ」

「ぬあああああああ!!」


 吸い込むブラックホールではなく、その中に吸収された俺の魔力を爆発させた。

 音もなく、無音のまま吹き飛ぶ騎士二人。


 俺は左手をかざし、【無限むげん】で魔力を籠めた壁を作って防ぐ。これなら俺たちには被害がない。


 周囲なんて……知った事か。


「……」


 騎士二人は魔力爆発で吹き飛んだ。

 どこかへ飛んだか、もしくは身体ごと吹き飛んだかまでは確認しなかった。

 確認する気も起きなかった。


「……ティア……」


 俺は力なく、歩み寄る。

 クラウ姉さんが何度も【治癒光ヒール】を掛けてくれていて、出血だけは止まっていた……けれど、もう。


「――ミー……ティア?」


 横から、イリアが肩を押さえながら。

 そうか……爆発の衝撃で目を覚ましたんだ。


「ミーティア、どうしたのですか……そんな、場所で……」


「お願い……ミーティア、戻って……来てよっ」


「お嬢様……っ!お嬢様ぁ……」


 悲痛だ。


 どうしてこうなったんだ……俺がクラウ姉さんに任せたからか?


『違います。クラウお姉さまが負けたのは、先ほどの能力を発動したあの人間との……相性のせいです』


 違うよな。ああ、それだけは違う……クラウ姉さんには何の責任も無い、それだけは確かだ。

 そんな責任のなすり付けだけはしちゃ駄目だ、いつも最善を尽くしてくれる姉さんが、どれだけ俺たちの事を案じてくれていたか……


 そうだ……なら、やっぱりこれは俺の責任だよ。

 そこまでを考えられなかった俺の……


 今更冷静になっても、何も変わりはしない……だけど、こんなミーティアの姿を、目に入れるのは……辛すぎるよ。


「……ウィズ。さっきはごめん……俺、間違ってたよな」


「……ミオ?」


 俺の声は、クラウ姉さんだけが聞こえていた。


『……ご主人様……』


「こんなの駄目だよ……俺の物語に、こんな犠牲は要らないんだ……大切なんだ。好きなんだ。前世でも感じた事のない……そんな感情をくれた女の子なんだよ……ティアは、俺の大切な人なんだ……!」


 光り無くうつろな瞳は、何も映さない。

 もう、誰の声も届いていないんだ。


「だから……俺に力を――!ウィズ!!」


「ミーティア……!【治癒光ヒール】っ――ぅ……」


 【治癒光ヒール】をかけ続けていたクラウ姉さんがぐらりと。

 しかし持ち直して、続けようとする。


「……まだ……私がっ――!……ミ、ミオ?」


「もういい……魔力が無いんだ」


 青白い顔をするクラウ姉さんの手を、俺はつかんだ。

 もういいと、止めてくれと。


「――なんで……武邑たけむらくん!!」


 混乱しているんだろう。

 俺を前世の名で呼ぶその声音は、懇願ねがいにも似ていた。


「……」


 俺だって、手立てがあればそうするさ。

 だけどクラウ姉さんだって理解しているだろ?

 この世界には、救急医療ってものがない……蘇生そせいなんて奇跡……無いんだよ。


 ミーティアの身体にすがるジルさん。

 泣き崩れたイリア。

 俺に願いを乗せるように見てくるクラウ姉さん。


「ウィズ……聞こえてるだろ?もう、ティアの時間が無いんだ……このままじゃあ、本当に死んでしまう。でもさ、きっと俺なら……俺たちならなにか、何か出来るんじゃないか。何でもいいんだ……一パーセントでいい、可能性が少しでもあるのなら……頼む、教えてくれ」


 もう、ウィズへの言葉を隠す事も無く。

 俺はウィズに伝える。

 クラウ姉さんには、全部ではないけど教えてある……無数に能力があると。

 きっと勘付いてくれるだろ。だから……俺の事はいいからさ。


「ウィズ……命令だ。俺の能力を――解放しろ!!」


『……』


 ウィズは無言だった。

 駄目なのか、そこまで順序が必要なのかよ……アイズの言う強くなることに、こんな悲しい事も順序立てて進まなきゃ駄目だってのかよ!!


「くっ――なんとか言えよ!!ウィズぅぅぅぅっ!」


 慟哭どうこくの王国に……俺の声が木霊した。


『――能力を解放する必要は無いわ』


「!!」


 その声は、ウィズだった。

 だけど……その口調は……【女神アイズレーン】。

 俺は、そう感じ取ったのだった。

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