6-139【蛮行の王国20】



◇蛮行の王国20◇


「ああ……ひっぐ……うぅ、ぐぅ……あっづ……いっ……ぐっ」


 届かない。

 思いも、手も……どこにも、誰にも。


「っぐぅ……あ、あああ……い、たい……痛いぃ……!」


 伸ばす手は虚空こくうだった。

 痛みにゆがむ表情は、きっとみにくいものだろう。

 だけど、そんな痛みが現実だと……思い知らされて。





 倒れ伏して流血と涙に濡れる少女のもとに、足音。

 嗚咽おえつは傷に響き、その痛みで更に声が出る……繰り返しだ。


「あっちゃー、ダメだなその脚……もう戻んないよ」


「……」


 コーサルと言う男の視線は上司であろうザルヴィネに。

 ザルヴィネはしくじったと言わんばかりに、額に汗をいていた。


「それにしても、運のない子だなー……こーんなに可愛いのに、なんで抵抗するかな。傷物になっちゃって……お父さんが泣いちゃうぜ?」


 少女、ミーティアには聞こえていないだろう。

 自分が運のない女だと、親を不幸にしていると言われていても、それ以上の痛みが心までむしばんでいた。


「クロスヴァーデン殿には俺が謝辞しゃじをいれよう」


「当たり前っしょ」


「――む……そ、そうだな。よし、連れて行くぞ……お前はあの天使、いや転生者を。俺はお嬢さまを……治療はその後だ。聖女・・に任せればいい」


「へへっ……まーそっすね。あの性悪しょうわる聖女、つーか悪女?なら、怪我だけなら何とかなりますしねー、後遺症は知らんけど……」


「……そうだな」


「あのハーフエルフはどうします?」


 コーサルはニヤリと含み笑みを見せて言う。

 その意味を知っているザルヴィネは。


「――好きにしろ。どうせクソの役にもならん……装備だけ回収しておけ」


「へっ……そう来なくっちゃなー。楽しませてくれよー?」


 ザルヴィネはミーティアの近くにしゃがみ込む。


「……うぅ……あぁ、なんで……なんで、こんな……」


 ザルヴィネは思った。

 この少女は、なぜ自分がこんな目に……と、悲観していたんだと。

 お嬢様の自分がこんな目に、酷い、関わらなければよかったと。

 そう、思った。


「悲観する事はない。その足を失おうとも……君には未来がある。そうだな……大臣の娘になるんだ。有名貴族の青年……そんな家の嫁にでも行けばいい。物好きな貴族ならば……傷物でも貰ってくれるだろうさ」


「――」


 その言葉だけが……脳髄のうずいに到達した。

 未来。大臣の娘。貴族の青年。嫁。

 単語だけで、全てを無にされた気分だった……だけど、それよりも先に、ミーティアの中で何かがはじけた。


「――貴方が!!……決めないでよぉぉっ!」


 痛みを押し殺して、ミーティアは叫んだ。


「……それしか道はない。その足では、満足に歩くこともままならないだろう……地球でならどうにか出来るだろうが、医療の発達していないこの世界では無理だ」


 ならせめて、大臣の娘として政治の道具になれと……この男はそう言ったのだ。


「なにが分かるのよ……なんで分かるのよぉ!……いっつ……ぐぅっ、なんで、こんなに……私はっ」


「無理をするな。立てるはずがない……骨が切断されているんだぞ?これ以上無理をすれば、肉が千切れる」


 その言葉の通り、ミーティアは立とうとしていたのだ。

 折れて骨が飛び出た右足で……地に足を着けようと。


「無理に……無理……に」


 男の視線が徐々に上へ。

 その視線はミーティアの顔を捉えていたが、その視線が……上ったのだ。


「な、なんだと……?まさか……魔力で血を凝固させて?そんな魔力、残っているはずが……!」


「ふぅー!ふぅ……はっ……はぁ……!!」


 大量の脂汗と、流血。

 死にも近しい痛みが襲っているはずの少女が、折れた片足で立ったのだ。


 ぐしゃりと……更に食い込んでいく骨が、鮮血せんけつを溢れさせる。


「――あっぐ……ぐぅぅぅっ!決めないで……私の未来を、何も知らない貴方が決めないで……!!」


 口からも血が溢れた。

 吹き飛ばされた衝撃で、内蔵もやられているのだろう。

 それでも、ミーティアは瞳を燃え上がらせて立ち上がったのだ。


「――バカな……バカなっ!!」


 異世界だろうと、致命傷を与えられれば死を迎えるだろう。

 そんな事は、三十六年生きて来て知っている。

 だが……この光景は異常だと、心の底から感じ取った。


「こんなにも……私は何も出来ない……なんでこんなに何も出来ないんだって……」


 ミーティアは、自分を悲観などしていない。

 悔しかったのだ……何も出来ない自分が、守られていた自分が。


「やめろ……それ以上は、止めるんだ……」


 ザッ――と、一歩後退するザルヴィネ。

 その光景を見て、コーサルが。


「うおっ……その足で立つのかよっ!!」


 コーサルは、気を失うイリアに馬乗りになっていた。

 衣服を脱がそうとしたのだと……ミーティアは滲む視界でさとった。


「――私の友達に……触れないでぇぇぇぇ!!」


 叫びと共に、ミーティア左手を男二人にかざした。

 コポ……コポコポ……と、地面を濡らす自分の血が……更に凝固していく。


「これは……魔法か!ザルヴィネさん!!ちょっと!ザルヴィネさーん!?」


「……美しい……これが、本当の異世界……」


 ザルヴィネは魅入みいってしまっていた。

 その美しく散っていく――命に。


 左手に集束していく血は、形を成す。

 大きな、弓だ……真っ赤な、大量の血で造られた、魔法の弓。


「――ぐっ……あああああああああ!【青い星ブルースター】」


 ぐしゃりと、体重を乗せた右足が……最後の悲鳴を上げた。

 血を凝固させて保っていた魔力が一気に抜けて、全体重が足にのしかかった。


 ブチブチブチ……と、筋肉と肉が裂ける。


 そして……ミーティアの魔法の叫びと共に、右足は――千切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る