6-128【蛮行の王国9】



◇蛮行の王国9◇


 【紫電しでん】で飛び跳ねた後、空中でジルさんが言う。


「ミオ!!は、離すんだ!こ、こ、こんな……恥ずかしい恰好!」


「え?ちょっと聞こえないっす!」


 本当はバッチリ聞こえているけどな。

 だって、折角のお姫様抱っこだぞ?もっと堪能たんのうしたい。


「こら!聞けぇ!」


「――あひゃ!!」


 ぎゅーっと抱きついて、耳に直接言いやがったこの人!

 俺はその唇がくっつきそうな距離で大きな声を出されて、思わず仰け反った。

 そうすれば当然、空中だもの……バランスなんて一瞬で崩れて、落ちるわな。


「おわぁぁぁっ!」

「わっ……こらミオぉぉぉっ!」


 耳を真っ赤にした俺は、ジルさんに抱きつかれたまま、綺麗なまでに落下していった。





 ――ドスン!!


「いっってぇ!」


 見事に尻から落ちた。

 普通なら骨折じゃ済まない高さだったけど、すげぇな天上人。


「お前が聞かないからだぞ……ミオ」


 俺に抱かれたまま、ジルさんも少しだけ申し訳なさそうに言う。

 両腕は俺の首元にしっかりとかけられており、力の入り方から考えても、落ちるのは怖かったらしい。


「すみません……ちょっと余裕が出来てたもので」


「――そ、そう。それが聞きたかったんだ」


 それはそうかもね。

 なにせあれだけ慌てて飛び出したのに、ミーティアもイリアもここには居ないんだし。


「さっき、頼もしい助っ人に会いまして。ティアとイリアはその助っ人に任せました。タイミングよくジルさんの大声も聞こえたんで」


「助っ人?」


 もうジルさんも分かってるだろうな。

 俺が頼もしいだなんて、滅多な事じゃ言わないんだから。


「はい。クラウ姉さんです」


 ジルさんは「やはり」と言った顔をして。


「あ……す、すまない!いつまでも」


 回していた両腕を離して立った。

 俺も立ち上がって、尻をポンポンと叩く。


「いえいえ、役得でしたから」


 ニッと笑う。


「……ミオ。お前はそうやって……お嬢様も、はぁ……大変だ」


 目頭を押さえて、しっかりめのため息をくジルさん。

 え?そこまでガッカリするもん!?なんで!

 ジルさんには悪いが、俺が得しただけなんだもんな……当然、か??


『――馬車振動。数ヶ所の馬車が動き出しました』


 げっ……馬車が動いた!?

 ミーティアたちは平気だよな……?


『はい。魔力の反応から、クラウお姉さまと同位置に存在します』


 守ってくれたか、クラウ姉さん……いや、まさか騎士に喧嘩売ってないよな?


『完全否定できません』


 だ、だよなぁぁぁ!?


 数ヶ所っていうのは、おそらく中央と商店方面以外の三ヶ所だろう。

 馬車が動き出したって事は、徴兵ちょうへいが済んだんだ……何人の住民や冒険者の卵が連れていかれるんだ……その中には、父親を国に奪われる子供や奥さんだっている。

 基本的に、軍へは志願が主な方法らしいけど……徴兵ちょうへいだなんて無理矢理な方法……国のトップが代わって真っ先にやる事かよ。


「ジルさん、ジルさん?……え、ジルさーん!?あーもうっ」


 俺はミーティアたちと合流しようと、ジルさんに声を掛けたが……なんだかおかしい、上の空と言うかぼーっとしている感じだ。

 ここは仕方ない、文句言わないでね。


「――はっ!……ミ、ミオ……お前またっ!」


「問答無用!考えるのは解決してからにしてください!!」


 再びジルさんをお姫様抱っこし、俺は【紫電しでん】で駆け出す。

 今度は気合を入れて、もし耳フーされても落ちませんよ。

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