6-125【蛮行の王国6】



◇蛮行の王国6◇


 走り出した俺を、目敏めざとい騎士の一人が目撃した。

 その騎士は男を連れて行こうとしていたが、俺の方が適任と見たのか、叫ぶ。


「――そこのガキ!止まれ、止まれおらっ!!」


 聞いてられるかっ!無視だ無視!!

 俺は【紫電しでん】を使い、一瞬で騎士の視界からいなくなる。

 まるで消えたとでも思っただろうな。


 しかしそれは、ジルさんも同じだったかもしれない。


「やっべ!ジルさん忘れたぁぁ!」





 そんな置き去りのジルリーネ。


「ミオ……まったくあのせっかちめ、もう少し冷静だと思ったが」


 ジルリーネは思った。

 まだまだ教えが必要だと、教えてやらねばならないと。

 それは同じく、ミーティアにもだ。


「ふふっ……二百年生きたわたしが、未来を楽しみにするとはな」


 物陰に隠れて、自嘲気味じちょうぎみに笑うエルフの王女。

 失った故郷である森を復活できるかもしれない。そんな内から湧き上がる思いが、まさか自分に残っていようとは、ジルリーネは思わなかったのだ。


「まさか、ミオもお嬢様も、ここまで成長するとはな……」


 木箱の裏に隠れながらしみじみする。

 ミオは消え去るように居なくなった。しかし、魔力の残滓ざんしから考えれば、それが移動系の魔法だとも理解している。


「魔法……ではないかも知れないな、ジェイルも言っていた……【神の花嫁アロッサ】だと。まさかとは思ったが、もしかしたら本当に」


 アイズという、神の生まれ変わり。

 いや、【女神アイズレーン】本人だったとミオに言われて……そのミオは木々を成長させる不思議な力も見せた。

 【豊穣ほうじょうの女神】に相応ふさわしい、そんな力だ。


「……味方でいるうちが、正解なのだろうな」


 “ミオを敵に回してはいけない”。

 そんな無意識の認識が、彼女にはあった。


「さて、わたしも動くしかないな……同僚ならば、話を聞くくらい」


 そう思ってジルリーネは立ち上がり、ミオを追いかけようとした騎士に声を掛けることにした。


「……おい、そこの」


「ん?……誰だ。その耳、エルフ……?まさか志願者か?」


(わたしを知らないだと?一応は【リューズ騎士団】の副団長なのだがな)


 肩を落としたいほどのがっかりである。

 しかしジルリーネも、最近は騎士団に顔を出すことも多くはなかった。

 自分を知らない騎士もいる事にはいるのだと、残念な気持ちになった……が。


(いや、そんな馬鹿な事。仮にも【リューズ騎士団】の団員ならば、副団長を知らない事など無い……)


「おい女。冒険者か……?」


 そんな疑問は一切さとられる事なく、騎士の男はジルリーネに歩み寄り、上から下までを舐めるように観察する。

 腰に下げた細剣や、筋肉の付き方や魔力の質……確かにどう見てもの冒険者ではある。


「……お前たち、【リューズ騎士団】の騎士……か?」


「――お?へへ……そうだぜ。なぁ?」


「ええ、新入りですけどね。それがなんです?というか、このエルフのお姉さんは志願者?」


 一人の騎士はえらぶりながら言い、もう一人は少し遠慮気味に。


「あ?だろ?」


「――違う」


 騎士はジルリーネの腕をつかもうと手を伸ばすが、ジルリーネははねのけた。


「いって……おいおい、暴力ですかぁ?」


「どの口が言う。お前は先程、住民の男を殴っただろう」


 「やべ、見られてたか」「あ~あ、だから言ったのに」……と、二人の騎士はバラバラの反応を示した。

 やはり、あれは無理矢理だったのだろう。

 ミオを止めて正解だったと、ジルリーネは思った。


「そもそも、【リューズ騎士団】がなぜ王国騎士団の軽装をしているのだ。団長はなんと……制約はないとはいえ、【リューズ騎士団】は――」


「あ~うっせ、うっせうっせ。ねぇわ、この女はねぇわ!」


 シャラ――と、言葉の悪い男は突如として剣を抜いた。

 ジルリーネは身構えるが、もう一人の男は。


「すみませんね、我々【リューズ騎士団】は新体制……団長も副団長も、もう代わっているんですよ」


「な、なんだと!?」


 その副団長が目の前にいるのだと、言う事すら出来ないほどの衝撃だった。


「おらぁぁぁ!」


「――くっ、貴様っ……!」


 話す事はままならない。

 そう判断し、ジルリーネは戦闘態勢へと入っていった。

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