6-119【一つの未来の一欠けら6】



◇一つの未来の一欠けら6◇


 涙を流すジルさんの顔は、いつもの冷静な……クールな女性の表情ではなかった。

 子供のようにがむしゃらに、感情のまま涙を流す。

 周囲の視線は気になるが……もういい、気にしない。

 はたから見れば、子供用遊具の近くで泣き崩れる女性だからな。

 しかも俺が泣かせたように見えなくも無い筈だ。


「ジルさん。責任は俺が取ります……【クロスヴァーデン商会】を抜けて、こっちに――」


「――もう、契約は破棄されているぅ……」


「え」


 はい?今なんて?

 ちょっと待って、泣きながらそんな事言わないで!


「はき?……覇気?……いやいや、破棄!?」


 そういう事か!?

 って事はなにか、ジルさんはフリーだって事か!?

 いつから!え!?【クロスヴァーデン商会】は!?


「ちょ、ちょっとジルさん!泣き止んで!」


「うん?……どうしたんだ、ぐすっ……」


「いや……だからね?」


 この人、フリーならなんでそんな面倒臭めんどうくさい事を。

 自分から進んで苦労を買ってるようなものだぞ。


『――ミーティア・クロスヴァーデンの為に決まっているでしょう』


 そ……そうか。

 この人は、ガチでミーティアを案じて。

 だから契約が切れているにもかかわらず、ミーティアのそばにいたのか。


「ジルさん、いつから勝手に行動してたんです?」


「……十年」


 ぶっ……思ったよりもずっと前だし!


「村にティアを探しに来た時もかよっ」


「ああ。わたしが勝手にやっていた事だ……報酬も貰っていないぞ」


 ぜ、善意が過ぎるだろ……無償でそこまでって。

 自由騎士だから?それだけで、一人の少女にそこまで尽くせるなんて……

 やっぱり……絶対に必要な人材だよ、この人。


「商会の仕事の度にのみ、契約は更新していたがな……ダンドルフはそう言ったことに敏感だから」


「当たり前だっつの!」


 契約書は仕事の度に更新していたのか。

 それは当然と言えば当然だし、そう思えば思うほど、ダンドルフ会長は一筋縄じゃないな。


「……な、なんだかミオがきつく当たる……」


 日本人ならボランティア活動の人だもの。

 それが、こんな世知辛せちがらい異世界でもいるなんて思わなかった。

 つーか別の意味で泣きそうなんだが。


「と、とにかく……ジルさんはどうするつもりだったんですか?これから、ミーティアに説得されなかった場合」


「う、うむ……そうだな。ジェイルの奴はまだダンドルフの所に残るらしいし、旅にでも出たかもしれんな。もしくは……お嬢様を物陰から見ていただろうな。こう……こっそりと」


 ジルさんは隠れるような仕草をする。

 それ犯罪ストーカーですよ。

 それにしても、ジェイルの奴は残るのか。

 あの人の事だから、てっきりジルさんに付いて回るものだと思ってたぞ。


「ん?ジェイルが気になるか?まぁあいつは契約もあるが……あの男の場合は、雇ってもらった恩義だろうな。愚直ぐちょくで騙されやすいが、性根は腐ってはいないのさ」


 うんうんと、自分で納得するジルさん。

 それでいいのかエルフの王族たちよ。


「……はぁ。まぁいいですけど……俺はジルさんがティアの傍にいてくれるなら、何でもね」


 ミーティアが聞いたらおどろきそうだけど。


「ははは、そうか、なら良かった……ところで、その野菜は?」


「――え?……あ、ああ!忘れて……だぁぁぁぁ!!伸びきってんじゃん!」


 話しの間、どうやらウィズが【豊穣ほうじょう】を発動し続けていたらしく、俺の手のひらから伸びる西瓜すいかは……足元で大きな実となっていた。

 マジで速攻で育つじゃん!


「ど……どうしよ」


 視線はジルさんから。

 分かるって、食いたいんだろ?

 俺だって食いたいし。

 以前【ポラ】の町で食ったもどきとは違う……正真正銘の西瓜すいかだからな。


 なら食ってみるか……試食だ試食。

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