6-53.5【少女の決断3】



◇少女の決断3◇


 ムクリと……青髪の少女は起きた。

 寝不足で目元にクマを付けながら、隣のベッドを見た。


 少年はいない。

 帰って来ていない。


「ミオ……」


 昨日、喫茶店でジルリーネと話をした。

 自分の未来の話をしたのだ……その場に、ミオはいない。


 きっと、ミオは別の場所で頑張っているはず。

 そう考えて、ミーティアは深く心配をしないように心掛けた。

 起き上がり、洗面所で顔を洗い歯を磨く。


「よし」


 紅茶を淹れながら、昨日の話を思い出す。

 ジルリーネの言葉を思い出す。

 自分が言った言葉を思い出す。





『……本気なのですか、お嬢様』


 喫茶店の席にて向かいに座るエルフの女性が、信じられないものを見るような声音こわねで声を上げた。


『ええ……私は、家を出るわ』


『――馬鹿ばかな事をっ!!巫山戯ふざけるんじゃありません!!』


 ここまで狼狽ろうばいしたジルリーネを、ミーティアは見たことが無かった。

 自分が言った事は、未来の安定を捨て去る言動だ。


 ミーティアは、冒険者学校へ女生徒として通う事、家を出て援助を受けない事、自立し、自分の商会を立ち上げる事を伝えた。

 それは、【クロスヴァーデン商会】と決別すると言う意味合いだと、ジルリーネも理解したのだろう。


『ふざけてなんかない。私は……自分で未来に進む、お父様の……家の力は借りない』


『――ミオの入れ知恵ですね、あの子はどこですっ!!』


 直ぐに気付いた。でも、違う。

 決めたのはミーティアだ。


『ミオは関係ない。これは私が決めた、私の道……私が進むべき道。だから、ミオの事は言わないで』


 深く頭を下げる。

 きっかけは確かにミオかもしれない。

 しかし、決断はミーティアだ。


『お嬢様……どうして』


 その寂しげな瞳には、懸念けねんと落胆が籠められていた気がした。

 それでも、ミーティアは選んだのだ。この道を、歩んでいく未来を。


『例え誰に何を言われても、私はもうこの決断を違えない……それがお父様でも、ジルリーネでも』


『そこまで……ですか』


 意志の揺るがない視線は、ジルリーネから一度も逸れることなく見続けていた。

 自分が何を言おうとも、この娘の意志は崩れない。

 ジルリーネはそう悟った。


『ごめんね、ジルリーネ……貴女が私にしてくれた恩を忘れた訳じゃないし、これからもそれは変わらないと思ってる。出来れば傍にいて欲しい……力を貸して欲しいわ、でも……それが難しい事も分かってる。だから……今度は』


『――お嬢様……?』


 それは、ミーティアの初めての仕事だ。

 商会のリーダーとして、一人の経営者として、そして一人の人間として、ミーティア・クロスヴァーデンが彼女に言うべき言葉は。


『……ジルリーネ・ランドグリーズ。いえ……ジルリーネ・エレリア・リル・エルフィン王女殿下』


『!!』


 ジルリーネの本名を口にするミーティア。

 ジルリーネ・エレリア・リル・エルフィン……エルフ族の、王女だ。

 その名を口にするという事を、ミーティアは分かっている。


 それは……別れだ。


『生まれた時から、私を育ててくれた……優しきエルフの王女様。いつも迷惑をかけました、いつも心配をかけました。お嬢様と言う関係を……解消して下さい』


 深く、テーブルに着きそうなほどに頭を下げる。

 真摯しんしに、丁寧に。

 十八年の礼を……今ここで。


『お嬢様……貴女は、本気で……』


 ジルリーネは椅子を鳴らして立ち上がり、驚いた顔でミーティアを見下げた。


『……そして、これは私の我儘わがままです。出来れば……これからも共にあなたと一緒にいたい、共に進みたい。だから……私は、貴女に……契約を望みます』


『……』


 それは経営者として、有能な人材を手元に置きたいと言う。

 しかし、一人の少女としての我儘わがままも込めた……願いだった。


『……答えは聞かないわ。これは私の勝手な言葉だから……でも、出来ればこの願いが叶えばいいと……願ってる』


 ミーティアは立ち上がり、喫茶代をテーブルに置いた。

 一口も飲まなかった飲み物をそのままにして、ミーティアは席を外す。

 立ち尽くすジルリーネを、見ない様にして。





 後悔はない。

 自分の思いは打ち明けた……それが伝わらない事も、重々承知している。

 【クロスヴァーデン商会】と言う大きな組織に喧嘩けんかを売る事を決めたミーティアは、今後も岐路きろに立たされるだろう。

 もしかしたら、夢をくじきに来る存在も現れるはずだ。


 それでも信じた。自分の未来を、夢を。


「よし。ミオが帰ってくるまでに……私も頑張らないとっ」


 昨夜の回想を終え、ミーティアは脳裏にジルリーネの悲しそうな顔を浮かべるも、気合を入れる。

 ミオは帰寮しなかった……病院に行くと言っていたから、あの女の子の事で何かがあったに決まっている。

 だがしかし、ミーティアの所に来ないという事は、そういう事だと認識もしているし、足を引っ張りたくないと言う思いもある。


「私は私で頑張るよ……ミオ」


 ミオは今頃、何をしているだろう。

 誰かのために奔走ほんそうしているだろうかと、ミーティアは考えつつも支度をする。

 自分に出来る事を、精一杯やると決めた少女の、決別と覚悟。


 別々の場所で、各々おのおの物語は進む……再び交差する時。

 その時まで、ミーティアはミオに恥じない自分でいようと……心に決めたのだった。

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