第6章【冒険者学生の俺。十五歳】後編

プロローグ6-1【遠い過去の記憶】



◇遠い過去の記憶◇


 これは、遠い遠い……異世界とは別の、平和な世界の話。

 しかし人によっては、死よりも苦痛な人生を歩む……修羅しゅらの世界だ。




 都内……某所ぼうしょにある高等学校。

 そこに、長く黒い前髪で目元を隠し、暗い雰囲気ふんいきを漂わせる少女がいた。

 ブレザー制服を着ており、学生なのは分かるが……どう表現すればいいのか。

 一言、短く言ってしまえば……陰キャ――だろう。


 少女の名は……漆間うるま星那せいな

 この十数年後に、クラウ・スクルーズとして転生する女性だ。


 この少女は今、図書室で勉強をしていた。

 本当は早くに帰るつもりだったが、校門付近でたむろっている同級生たちが大勢いて、帰るに帰れなかったのだ。

 だからこうして、居残りのようにして試験勉強をしているのだ……一人で。


 彼女に友人はいない。

 入学からずっと一人で、親しい人など一人もいないまま過ごしている。

 現在は二年生の秋……中間試験前の勉強ラッシュだ。


 そんな星那せいなも、少しは周りを気にする。

 カラカラ――と、図書室を開ける音が聞こえて……視線だけで確認すると。


 黒髪のボサボサ頭……凄く長身で、頭をぶつけそうなくらいだ。

 ダウナー系と言うか、やる気なさそうに入室してきて……本を探していく。

 少し撫肩なでがたで、猫背……女性のように細い、そんな少年。


 星那せいなも、その少年に見覚えがあった。

 確か……武邑たけむらみお

 入学の時点で、既に校内最高身長……バスケ部やバレー部からスカウトが多発していたが、全て断り帰宅部。

 宝の持ちぐされと言われて、そのやる気のなさでは一部で有名。


 話した事はないが、帰り道などでたまに見かける。

 確か自転車通学だったはずだ。

 たまにしか見かけないけど……勉強、するんだ……と、その程度で星那せいなは気にせず、勉強に戻る。

 参考書を広げ、志望大学である医療系の勉強に集中する。


 すると……その少年が。


『――あ?』


 と、声を上げた。

 横目で見ると……髪を染めた先輩が、しゃがんだ彼にケリを入れた所だった。


『え……』


 星那せいなは思わず声を上げそうになったが、必死に耐えた。

 巻き込まれたくはないし、ひ弱な自分には何も出来ない。

 蹴られた彼は……少し黙った。

 痛みに耐えているのか、髪を染めた先輩のゲラゲラ笑う声に震えていた。


 どうしよう……教師はいないし、入り口にも仲間とみられる先輩がいる。

 何も出来ない……だから、目を瞑ろう……それしか出来ない。と星那せいなあきらめかけた。


 しかし……少年が立ち上がる。


 急にいきおい良く立ち上がり、先輩を……見下ろす。

 しゃがんでいて身長が分からなかったのか、その先輩はぎょっ――として後退あとずさった。

 やっぱり大きい……それに加えて、髪を染めた先輩が小さかったのもあるが、どうやら先輩は武邑たけむらを知らなかったようだ。

 他の先輩も同じで、立ち上がった武邑たけむらおどろいていた。


『『『……』』』


 引いてる……先輩全員を見下ろして、睨んでいる?

 それだけでも、相当な威圧感いあつかんかもしれない。


『――なんすか?』


『い、いや……その……ぶつかって悪かったな……って』


 謝った。

 思ったよりも度胸のない……と言うか、見掛け倒しの先輩だったようだ。

 小さい声、短い言葉……それでも、その一言で充分だった。

 高身長で、せ細った身体は不思議な怖さがあったのだ。

 まるで木のお化けのような……そんな雰囲気ふんいき


 そろりと、先輩たちが去っていく……よかった、何事も無くて、と胸を撫で下ろす星那せいな

 一方で、武邑たけむらみおは……


『――はぁ~……』


 と、ドデカいため息をいて……先輩たちが居なくなった後で再びしゃがみ込んだ。

 星那せいなは聞いた……彼のつぶやいた一言を。


『なんなんだよ……マジで怖え……やめてくれよ、喧嘩けんかなんてした事もねぇのに』


 ガタガタと震える背中は、本当におびえたような感じだった。

 怖かったんだ、あの先輩たちが。


『……意外』


『――え!?』


『あ』


 見た目とは違う臆病おくびょうな言動に、星那せいなはつい言葉にしてしまった。

 しかし、武邑たけむらみおは……


『す……』


 す?


『――すいませんでした!ごめんなさい!!失礼します!!』


『え……』


 そう叫び、星那せいなの顔を見る前に走って行く。

 ちゃっかりと、調べようとしていた本を持って。


 ――パタン。


『……行っちゃった』


 しっかりとドアを閉めて行くあたり、乱暴だったり素行が悪いと言う訳ではなさそうだ。


 そんな彼とは……一年後に初めて話すことになる。

 花壇の手入れをしていた星那せいなに、同級生が邪魔をして……それを見掛けた武邑たけむらみおが声を掛けたのだ。

 二人で、夕方まで花壇の手入れをし……会話もないまま過ごした。

 きっと、武邑たけむらみおはほとんど覚えていないだろう……それくらい、些細な事だった。


 だが……星那せいなは忘れなかった。

 卒業しても、十年以上っても……死んでも。

 クラウ・スクルーズとして転生した彼女は、同じく死んだ彼を探すために努力をした。

 そして……ミオ・スクルーズが、彼かもしれないと……そう感じたのだ。

 自分の弟が、一番求めていたものだった……その真実を、彼女はもう直ぐ知る事になる。


 武邑たけむらみお漆間うるま星那せいな……ミオ・スクルーズとクラウ・スクルーズ。

 二人の新しい人生と、遠い過去の記憶は……もう直ぐ交わる。


 剣と魔法の異世界……そんな世界の秋の空に。

 冒険者学校の試験という、面倒臭めんどうくさそうな形で。

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