サイドストーリー5-7【アイシア奮闘中1】



◇アイシア奮闘中1◇


 【サディオーラス帝国】最東端……最近その名をアイズレーンと名乗り始めた、豊穣の村……そんな小さな村だ。

 転生者――ミオ・スクルーズとクラウ・スクルーズの生まれ故郷であり、女神アイズレーンが遥か昔に作った村だ。


「――アイシア!そっちお願いねっ!」


「は……はい!ただいまぁ!!」


 この村に産まれて、この村で育ち……この夏、大切な幼馴染がいる隣国、【リードンセルク王国】……【ステラダ】。

 今声をかけられた少女、アイシア・ロクッサは、忙しく大量の布団を持ちながら、今し方自分に声を掛けた女性……レギン・スクルーズのもとに向かう。


「――レギンさんっ、持ってきました!」


「はいはーい、そこの端にまとめておいてねー……今日のお客様のものだから!」


「はい!――次は何を?」


 慌ただしいこの室内……【豊穣の村アイズレーン】にただ一つある宿屋だ。

 名はまだない。


「野菜!お食事に使う野菜をお願い出来るかなっ……多分、レインとアドルくんが居ると思うから、軽馬車を使っていいから」


「野菜ですね、分かりました!」


 準備をするレギンの言葉にしたがい、アイシアは腕捲りをして外に出る。

 外に出ると、夏の太陽が燦々さんさんかがやいており……アイシアの頭頂部に狙いを定めていた。


「……あっついなぁ……ここでこれなら、ミオは大変なんじゃないのかな」


 目をやられないように手で隠しながら、太陽をちらりと見る。

 本来なら、自費で【ステラダ】に小旅行をするつもりだったアイシア。

 愛しいミオには、もう四ヶ月も会っていないのだ……アイシアが知る事ではないが、ミオの傍にはミーティアがいる。

 まさか同棲など、村に居るアイシアはしているなどとは思わないだろう。


「よっ……と!わわっ……む、難し」


 軽馬車には馬が繋がれており、その馬に乗るアイシア。

 馬ではなく御車席に乗ればいいのに……とツッコミを入れてくれる人もおらず、アイシアは【スクルーズロクッサ農園】の畑へ向かう。


「はぁ……ミオに会いたいなぁ」


 ゆさゆさと馬に揺られながら、アイシアは思う。

 自費まで出して【ステラダ】に向かうはずだった日時は、今から三日ほど前。

 しかし、春先から徐々に来訪客が増え始めた村には、人手が必要だったのだ。

 先ほど宿で準備をするのも、宿泊をしたいと言う客が増えて、管理が間に合っていないのだ。


「うぅ……ミオ~。ぐすっ……」


 泣きそうになるのを我慢して、グスリと鼻をすする。

 成長期である少年少女の成長はいちじるしい……中には例外もいるが、ミオはきっとまた大きく、そして格好良くなっていると思っているアイシア。

 自分はこの四ヶ月、何が出来た訳ではない……初めの一ヶ月は、ミオに似合ういい女(ミオの好みであるレインのような)になる為、必死に自分磨きをしていた。


 早起きをし、運動をし、野菜を育てて……そんな生活を続けて、夏にはミオに再会。「綺麗になったな」などと甘い言葉をささやかれる事まで妄想もうそうして、入念に準備をするはずだったのだ……しかし、田舎と言うものは残酷ざんこくだった。


「まさか……あんなにお客さんが来るなんてぇ……」


 村の通行が楽になったのが最大の原因だろう。

 【ステラダ】からこの村に来る人々は勿論もちろん、それ以外の町や村からも訪れる人は多かった。

 それに加えて、村の西……つまりは【サディオーラス帝国】内からも、うわさを聞き付けた商人などが訪れるようになっていたのだ。


 それはつまり、少ない村人では対応できない事案が発生したという事。

 当然ながら、若い人手は駆りだされる……アイシアがその一人だ。

 村長の家と近しい間柄であるロクッサ家も、大いに戦力であり……アイシアは村で唯一の宿屋を復活させる為に、奔走ほんそうしていたのだ。


「……それから三ヶ月……あっ――という間だもの……はぁ」


 宿は、ミオが【ステラダ】に旅立つ前に改装を終えて、外見だけは綺麗だ。

 将来的に村で宿屋をやれればいいと言う考えだったはずだが、まさかここまで早く出番が訪れるとは、ミオも思うまい。


「よっ……と、ふぅ……お尻痛い」


 馬から降り、尻をさする。

 流石に馬車があれば移動は早い……時間も半分以上短縮だ。

 頑張って馬に乗れるようになっただけはある。

 何せ、資金を節約しようと自分で乗って【ステラダ】に行こうとしていたのだから。


「あら、アイちゃん……どうして馬の方に乗ってたの??」


「――え」


 言われて初めて気付く。

 一瞬で顔を赤くするアイシア。

 ミオの姉、レインに恥ずかしい所を見られた。


「そ、そうか……馬車なのにぃ」


 両手で顔を隠して、赤面を隠す。

 笑うレインと……【スクルーズロクッサ農園】の従業員、アドル。

 最近二人は仲がいい、ミオとクラウという監視が無くなって、交流に花が咲いているようだ。

 アイシアはそれが嬉しい……レインがどれだけ村の為に尽力しているかを、知っているからだ。


「二人とも、そんなに笑わないでくださいよっ……恥ずかしいなぁもう」


 畑仕事の真っ最中だった二人は、汗を搔きながら清々すがすがしい。

 他にも従業員はいるが、畑はどんどん広くなる一方で……アイシアも全てを回っている余裕はない。


「うふふ……ごめんねアイちゃん、天然っぽくて面白くて」


「ごめんよアイシア。レインが笑っているのを見たら、つい」


 この笑う青年……アドル・クレジオも、アイシアにとっては学校の先輩だ。

 アイシアは今も学生で、ミオとは違い通っている。

 移住者のおかげで生徒も増え、そこそこにぎやかだ。


「もうっ、いいです別に!――あ、それよりも……宿に持って行く野菜なんですけど……」


「え……ああ!そうだったわね、ちょっと待ってて」


 話しを切り替えようと、アイシアは目的を話す。

 レインもレギンに話は聞いていたのか、ポンっと手を叩いて畑を出た。

 向かう先は倉庫……きっと、準備自体は終わっていたのだろう。


「アイちゃ~んこっち~、馬車に運ぶの手伝ってぇ~」


「あ、は~い!」


「俺もいくよ、レイン」


 倉庫から聞こえてくるゆる~い声に、アイシアとアドルは向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る