5-85【告げる鐘の音1】



◇告げるかねの音1◇


 ゴクゴク、ゴクゴク――と、グレンのオッサンはまだ冷えたかどうかも分からない水を飲み干す。


「ぷっはぁーーー!うめぇなぁー!出来れば酒がよかったが、水もいいもんだっ!」


 学生寮……しかも子供の部屋に酒がある訳ないだろ。

 様々な年齢の生徒がいるが、寮内で酒を吞んでいるのは見た事ねぇよ。


「おいミオガキ、おかわり」


 図々しいんだが……このオッサン。

 まあでも、ミーティアの事に触れてこないのなら、言う事を聞くのもやぶさかじゃないな。


「わかったから黙っててくれな?」


 俺は辟易へきえきしながらも、キッチンに向かって水入れを取る。

 夏の麦茶入れのような入れ物だな。


「……」


 オッサンは無言だ。

 黙っててくれたのか、それとも……くっ、やっぱり部屋をまじまじ見てやがる。


「ほら、おかわり」


「お!わりぃな、催促さいそくしたみたいでよっ」


 事実催促さいそくしてんじゃねぇか。

 しかし、俺の視線を目敏く感じたオッサンが、にやけた顔で言う。


「お~ん?いいのかミオガキ……さっきの女物――」


「――だぁぁ!分かったって!俺が悪かったから、いい加減からかうの止めてくれ!!」


 このオッサン、もう全部知っててやってんだろ……マジでやべぇ。

 俺はオッサンのコップにおかわりの水を入れつつ、ため息交じりで言う。


「で……話ってなんだよ、まさか……ただおちょくりに来た訳じゃないんだろ?」


 内容は【アルキレシィ】の事だ。

 それは間違いない……時期も時期だし、十中八九……時が来たんだ。


「おう。ミオガキがどんな趣味しゅみ持ってようが実はどうでもよくてな……例えば同室の男に女物の服を着せて――」


「だぁかぁら!オッサンもう分かってんだろっ!この部屋にいるのは……この前の……俺が初めてあんたに会った時にいた、メイドの恰好をしてた子だよ!」


 もう言うわ……絶対に気付いてるし。


 俺とこのオッサンが初めて会った時。

 それは、【アルキレシィ】の事を調べる為、魔物図書に行った時だな……俺と、【幻夢の腕輪】で変身したイリア、そしてメイド服を着たミーティアの三人で。

 オッサンはイリアが変身していた事に気付いてたっぽいし、ミーティアの事も見ている。

 【観察かんさつ】なんて能力も持っているって事だし……まず気付いてたんだ。


「おう、知ってる。黙っててやってるんだから……生意気な態度取るなよぉ?」


「ぐっ……やっぱりかよ、陰湿いんしつな……」


 それでミーティアのパジャマを持って、俺で遊んだのか……最悪じゃねぇか。

 しかしグレンのオッサンも、俺をおちょくって少しはストレス発散できたのか、部屋に来た時とは別人のような清々すがすがしい顔で言う。


「がっはっは!!よっっし……それじゃあ、ミオガキの戸惑う顔も見れたし……話しすっか!当初の目的だしなっ」


「……もういい、俺の負けだわ」


 俺はガックリと項垂うなだれて、改めてこのオッサンがA級冒険者なのだと思い知った。

 そうして、ようやくグレン・バルファートは……ここに来た本当の目的を話し始めるのだった。

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