5-67【帰れない?】



◇帰れない?◇


 馬車に乗り込むアレックスさんを、私は笑顔でお見送りする。

 乗り込むアレックスさんも、それはもう作り笑顔だった。

 それでも、おたがい変に怪しまれないように、良好な感じをよそおっているのだ。


 おたがいの個人的な感情を言えば……私は結婚なんかしたくなくて、アレックスさんは乗り気……でも、決してプラスな考えの乗り気じゃない。


 アレックスさんは、結婚などの工程を面倒臭めんどうくさいと考えている……だから、私と結婚をしてしまえば、面倒が減ると考えているんだ。

 私もアレックスさんも、正直に言えばひどい考えだと思う。


 走り出す馬車の窓からこちらを見て、笑顔で手を振る金髪の青年に、私は優しく微笑ほほえみながら手を振り返す。

 去っていく馬車がようやく見えなくなるまで、私は甲斐甲斐かいがいしく見届けていた。


「……」


「お疲れ様です、お嬢様……」


 背後から、申し訳なさそうな声音こわね

 かしこまった顔で私を見るジルリーネが……何故なぜか無性に悲しそうに見えた。


「お疲れ、ジルリーネも……ごめんね。変に気を遣わせちゃったみたい」


「い、いえ!わたしは……何も……」


 いきおいはドンドン落ちて、下を向いてしまうジルリーネ。

 私は思う。こんな彼女は初めてだったから。


 きっと私の知らない所で……ジルリーネは尽力してくれていたんだろう。

 お父様からの命令……エルフ族の王女であるジルリーネなら、きっと無茶苦茶すればどうにか出来たはず。

 それでもくつがえせなかったから、こうして謝辞しゃじを向けるんだ。

 当然、私は彼女を責めなんかしない。

 責められる訳がない……ジルリーネは、いつでも私を優先してくれているのだから。


「ほら、中に戻りましょう?そろそろ私も寮に帰りたいし、ミオが待っているはずだから」


 きっと、ミオは食事も取らずに私を待ってくれているはずだもの。

 早く、彼の所に帰りたい。


「はぁ……ですが、その……非常に申し上げにくいのですが」


 ん?……なに?

 みょうに歯切れが悪いわね。


「なに?」


「……旦那様が、お食事は屋敷で……と」


「……えぇ」


 つい、嫌な顔をしてしまったかもしれない。

 ジルリーネの顔も、似たような顔をしていたから。





 カチャカチャ――と、食器の音だけが鳴る、広間。

 結論から言えば、お父様との食事を回避することは出来なかった。

 これでは、寮の門限までに間に合わない。

 依頼サポートなどがある以上、一定数は守れていないであろう、ささやかな門限。

 破ると一応の減点と罰金があるらしいから……これは、帰れない。

 もうそろそろ帰らなければ、就寝時間になって……ミオも寝てしまうだろうし。


「……」


「……」


「……」


 食事を取る私、お父様……そして後ろでひかえるジルリーネ。

 無言だ……気まずいとしか言えないわね。

 そうだ……どうでもいい事を考えよう。


 ジェイルは?

 彼は何処どこにいたのかしら、騎士団の団長がここに来ていたのだから、気まずくなったとか?

 そういう感情は出さない人だと思うけれど……本当に屋敷にいるのかしら。


 もしかして、お父様が……?


「……」


 ちらりと見ると、お父様は……どうやらいつの間にか完食していた。

 それでも何も言わず、無言をつらぬく……理由は何だろう。


 考えても、嫌な事しか言えなさそうで……私も口を開けない。

 しかしそんな中、お父様が突然。


「……どうだった。アレックス君は、お前も気に入ったんじゃないか?」


 率直そっちょくというか、回りくどくない分……随分ずいぶんと柔らかい質問だと思った。

 そして、最大限に……追い詰めてきそうな言葉だと、私は思ったのだった。

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