5-61【紹介2】



◇紹介2◇


 緊張はないわ……この仕組まれたお見合いだって、流してやり過ごせばいい。

 どんな貴族が来ようとも、私の意志は変わらないのだから。


 現在、約束の時間は遅れている……これは、お父様の命令だ。

 わざと遅れて、相手をやきもきさせるんですって。

 そこに、豪奢ごうしゃなドレスをまとった私が……かしこまって現れる。


 そうすることで、フラストレーションが溜まったお相手は、遅れてやって来た私の美しさにより一層、興ふ――ときめくという訳だ。

 一応言っておくけれど、私が自分で美しい……だなんて言ってないから。


「……失礼します」


 計ったように、ジルリーネが客間をノックして、扉を開く。

 私はその後ろにひかえている。

 背の高いジルリーネの後ろに、完全に隠れるように。


 ジルリーネの背を見ながら……扉が開かれる一瞬で、私は気合を入れる。

 いくら小娘でも、いくらお見合いが嫌でも……大商人である父の名に泥はれない……だから気合を入れて、令嬢れいじょうのように顔を作る。


「――どうぞ、お嬢様」


「ええ。ありがとう……――失礼いたします。遅れてしまい、大変申し訳ございません」


 ジルリーネに軽く礼を言い、私は入室するなり深々と頭を下げて謝辞しゃじをする。

 背筋を伸ばして、綺麗にお辞儀し……床を見る。

 相手の顔なんて、見ないまま。


「――来たかミーティア。すみませぬな、ライグザール殿……不出来な娘が」


 何を勝手な……遅れて来いと言ったのはお父様でしょうに。

 でも……ライグザール?もしかして、アリベルディ・ライグザール大臣閣下?


 【リードンセルク王国】の大臣で……元冒険者の。

 力でのし上がった、父の古い友人だ。


 なるほど……これでは無下には出来ない。


 でもおかしいわ……大臣閣下は既婚きこんの筈。

 この国には重婚のルールはないし……どういう事?


 私はまだ頭を下げていた……言葉を待っていたのだ。

 そして、私が大臣閣下だと思っていたそのお相手は言葉をはっする。


 凛とした……綺麗な声だ。

 室内に響く声は、自信と活気にあふれた……若々しい声音こわねだった。


「――頭をお上げください。ミーティアさん……こちらこそ、挨拶あいさつが遅れてしまいましたからね」


 「え……?」っと、私は顔を上げる……そこには、お髭のライグザール大臣閣下なんていなくて。


「……ようやく顔を見せてくれましたね。初めまして、ミーティアさん……私の名前は――アレックス・ライグザール。アリベルディ・ライグザールの息子です」


 その瞳は、宝石のような緑。

 その髪は、糸のような金髪。

 整った顔に細身の長身。

 丁寧ていねいな口調に柔らかい物腰。


 まるで――昔のミオのようだ。

 私の印象は……完全にそれしかなかった。

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