5-60【紹介1】



◇紹介1◇


 その日の昼……ミオがアクセサリーショップ【たかの眼】に行き、転生者ユキナリ・フドウと話をしていた同時刻。

 ミオの相棒であるミーティア・クロスヴァーデンは、実家である【クロスヴァーデン商会】の本店におとずれていた。


「……」


「……」


 化粧台けしょうだいに着き、むすっ――とした顔で髪をかされるミーティア。

 くしを持ち、主人の髪をくのは……専属護衛であるジルリーネ・ランドグリーズだったが、非常に気が重そうにしている。


「……お、お嬢様、なにもそこまで怒らなくても……」


「……」


 ミーティアは現在、非常にむくれている。

 普段のお嬢様たる態度も形無しの、実に女の子然とした態度だろう。

 しかし、それには大きな理由があるのだ。


「お嬢さ――」


 しつこいくらいのジルリーネに、ミーティアは。


「分かってるわ……これは私の話だもの。お父様に言われたから、ジルリーネだって行動したのでしょうし、それを責めるつもりははなからないわよ」


「それは……感謝します」


 安心したように、最高級のくしでスースーとかされる青い髪は、まるで染料せんりょうで染めたかのような均等きんとうのある青だ。

 光を当てても変わらず、影に隠れても暗くなりにくい……少し変わった髪質。


「それで……お父様は何故なぜ、こんな遠回しな事をジルリーネにさせたの?」


 そうだ……ミーティアは家に帰ってくるまで、普通にジルリーネとお茶をするつもりでいたのだ。

 それが何故なぜか、こうして化粧台けしょうだいの前でメイクの最中という訳だ。


 家に入った時、すでにジルリーネは正装をしていた。

 その時点で、お茶はない……気付いた時には、入口付近をメイドたちにふさがれていた。


 ハメられたのだ……父親に。


「……大変言いにくいのですが、直接的に言えば……お嬢様は来ないと思ったのではないでしょうか」


 その答えに、更にムスッとするミーティア。


「……」


 しかし、ジルリーネの言葉の通りだ。

 もし今回、父親であるダンドルフ・クロスヴァーデンからの申し出で帰宅を迫られていた場合、ミーティアはきっと無視をしただろう。

 なにせ、これから行われるミーティアの予定は――二年に迫った約束を守らせるための……貴族とのお見合いなのだから。





 私はジルリーネに髪をセットしてもらい、メイドに囲まれて群青ぐんじょうのドレスに着替える。

 肩や胸元がパッカリと開いた、少し派手なドレスだった。

 合わせてととのえられた髪は、サイドテールで左側にくくられている。

 ジルリーネによってウェーブをかけられ、これではまるで貴族の令嬢れいじょうだ。

 しかも、怒っていて顔が怖いから悪役みたい……自分でもおかしくなってしまいそう。


「お綺麗です、お嬢様」


 ジルリーネが言う。

 こんな状況でも、ジルリーネの言葉は本物だ。

 例えお父様の命令で私を呼び出したとしても……彼女を責めるつもりはない。


「……嬉しくないけど、ありがとう」


 本音を言えば、今すぐにでも帰りたかった。

 お父様は自分で言いもせず、ジルリーネを使って私を呼び出した。

 その方法が好きじゃない。


 これから会う人物は、きっと私の結婚相手なのだろう。

 誰かは知らないが、二年後……正確には一年半後に、私がミオを振り向かせられなかった時の――相手だ。


 怖さは勿論もちろんあるわ。

 どんな脂ぎった貴族のおじさんだろうか……と、何度も何度も考えた。

 貴族の男性だという事は知っていたが、その名前も……どんな容姿なのかも、私は知らない……今日、初めて会うのだから。


 しかし、今日ここに来なければ、それもまだ先延ばしに出来たはずだ。

 それでも来てしまったのは、私の考えの甘さか、それともお父様が一枚上手だったのか……考えずとも、後者だろう。


「……はぁ……行きましょうか」


「はい、お嬢様」


 私は部屋を出る。

 向かう先は、お父様がいるであろう客間……そして私の相手も、もう来ているはずなのだ。

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