4-90【迷わないと決めたから1】



◇迷わないと決めたから1◇


 心配事は山ほどだ……それでも、前に進まなければならない。

 これは誰にでも言える事だが、向かってくる困難にめげても何も始まらないんだ。

 誰かに小言を言われている、中傷されている……そんな事、きっと生きていれば誰にだってある。

 イリアは血の事で、きっと俺たちには分からないような出来事を経験してきたんだろう。

 ハーフだと、半端者はんぱものだとさげすまれて、それでも前を向く……尊敬するよ。


 時間は刻々と迫って来るし、その時間自体が限られている人だっている。

 俺には時間がある……自分の事を後回しにしてでも、優先するべき事がある。


 それこそ、イリアの事だ。

 彼女には時間がない……その上、依頼のサポートをするチャンスも限られる。

 貴族の先輩のメイドである彼女には、少ない機会しかそれを行うチャンスがない。

 だから……その少ないチャンス。

 【アルキレシィ】を知っている人物に、どうしても協力して欲しいんだ。


「お待たせしました、レイナ先輩!」


「お~!ミオくん。格別待ってないよ~、今……依頼者を待ってるんだ~」


 依頼者?


「それって……」


 俺が名前を出そうとすると、背後から……声。


「――すまんね。遅れたみたいだ……って、やっぱり居やがったか、ガキ」


「グレンのオッサン……まさか、あんたも行くのか?」


 依頼者、グレン・バルファート。

 A級の冒険者であり、魔物図書の主だ。

 そして……【アルキレシィ】やイリアの事を知っている男。


「まぁな。こっちの方が早い……だから、お前らの目標は俺の護衛だ。【サミダーク】を調べるサポートをしろ。依頼を受けてくれた嬢ちゃん……レイナ・ハブスンだな?」


「――あ、はい!」


「依頼内容は調査……だったが、俺の護衛に変更だ。報酬は同じ額を出すし、道中で倒した魔物の素材も持ってっていい、どうだ?嫌なら変更でもいいぞ?」


「――い、いえ!やります!、ね?ミオくん!」


「ああ――あ、いえ。はいっ!」


 どう言うつもりなんだこのオッサン。

 あれだけしぶってたくせに、まさか依頼に直接ついてくるなんて。

 あれか?俺がいる事も予測してたみたいだし……品定め的な?


 しかも依頼内容を護衛に変える?

 A級冒険者のあんたなら、一人でも楽なんじゃないのか?


「……なんだガキ。文句あっか?」


 オッサンは朱殷色しゅあんいろしたボサボサ頭を搔きながら、面倒臭めんどうくさそうに視線を送る。

 「依頼を出してやったんだから文句を言うな」そういう視線で俺を見るグレンのオッサン。


「――ないっす。ありがたく受けさせていただきますよ」


 どんな思惑おもわくがあれど、俺にとっては好都合だ。

 オッサンが何を考えているかなんて知ったこっちゃない。

 だけど、俺の力を見せて――【アルキレシィ】と戦えるって実力を見せる事が出来れば、きっと依頼を出させられる。


 もう、俺は迷わないと決めたんだ。

 自分本位で、誰かの為に動ける自分になる。

 誰かの為に自分を強くする……いいだろ。そういうのもさ。


「よし。それじゃあ【ガルパー湖】へ行くぞ。馬車は外に用意してあるからな……ボロいが、まだまだ充分走れるからな」


「「分かりました」」


 俺とレイナ先輩は、オッサンに返事をして、外に向かう。

 馬車まで用意するなんて、いい所もあるじゃないか……そう、一瞬だけ思ったよ。

 本当に一瞬だけ……何故なぜなら。


 【ステラダ】の門を抜けたすぐそこに、本当に本当にマジでボロいどうして走れると思ったんだよこの野郎……ってほどの馬車が一台、ポツンとたたずんでいたのだから。

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