4-30【先行き不安】



◇先行き不安◇


 急遽きゅうきょ始まった……ユキナリ・フドウの試験。

 二年生の首席が相手だ……大方の予想は、この黒髪の男がボコられる……そう思っていただろう。

 俺とクラウ姉さん……以外は。


「くっ……こいつっ!ちょこまかとっ!」


「あははははっ!面白れーっすね、先輩さん!」


 素早い。まるで獣のようだ。

 普通の人間では、まともに追うことも出来ないだろう。

 ここにいる冒険者の卵たちだからこそ、この二人の動きを追えるんだ。


「うらぁっ!!」


 大振りの一撃。

 ジャブをけられた後の、するどいものだったが。


「――ほっ……!!」


「な、なにっ!?」


 ユキナリって奴がそれを簡単にけて、跳ねた。

 オズマさんの肩に手を置いて、跳び箱のように。

 そして真上から……その魔物のオーラをまとった右腕を、振るった。


「ほいっ――と」


 ドン――!!


「……かっ……は」


 ブゥオン――と、衝撃波が発生した。

 ビリビリと震える会場内、そして静まる生徒たち。


 と、そこにホイッスル。

 ピピピーーーと、教官が鳴らしたらしい。

 そこは介入するのか……冒険者学校が分からん。


「お、終わり……ですね」


 二年次席のレスティ・シュバークさんが、眼鏡をクイッ――と直してつぶやく。感情は籠っていないが……どことなく悔しそうに見える。

 やっぱ……主席がやられたんだもんな。


 それにしても……背中への強打。

 たったのそれだけだ。


 しかし……受けたオズマさんは。


「……完全に気を失ってる」

「そうね……一撃だわ」


 俺たちの他にも、気付けた奴はいるだろう。

 やっぱり、あの【グリフォンネイル】って攻撃は、【クラウソラス】と同じ精神攻撃だ。


 実に、戦闘時間一分足らず。

 飛び出してきたオズマさんの攻撃を全てけ、カウンター気味の一撃を見舞わせたユキナリ・フドウの、完全勝利だった。


「……あ~あ。だから言ったのに、後悔するってさ」


 ユキナリ・フドウが小さな声でつぶやいたその言葉には、なにか途轍とてつもない重みを感じた。


 話をするべきなのだろうか……この男と。

 だが、俺の事もバレるかもしれない……くそ~。

 先行きが不安すぎるぞ、冒険者学校!




 ぞろぞろと会場から出ていく新入生。

 主催の二年生は片付けだ……悔しいだろうなぁ。

 少ない三年生は、いつの間にか居なくなっていた。


 そして緊急試験があっけなく終了したあの男、ユキナリ・フドウの入寮を認められた事になる。


 後日……改めてクラス分けがユキナリ・フドウに通達されるらしいが、それは俺たちには関係ない。

 しかし、二年生の首席を倒した実力に、他の先輩たちも興味ありげだったが、今日はお開きだ。


 俺はクラウ姉さんを女子寮の入口まで送って、自分も直ぐに男子寮まで戻った。

 あの後すぐ、オズマさんは二年生に運ばれて医務室に行ったよ。

 完全に昏倒こんとうしてたから、もしかしたら前後の記憶がないかもな。


 でもって、ユキナリ・フドウは教官数名に連れて行かれた。

 ま、当たり前だよな。

 遅れて来て、先輩の怒りを買って勝手に試験なんかしちゃってさ。


 これはきっと、オズマさんも罰則を受けるだろうな。

 勝手に始めたのはそもそもオズマさんだし、いくら自主性を重んじ、先輩が後輩を見るって言うルールがあろうとさ。

 言い出しっぺで負けちまったら……なぁ?


 あの男も今頃、この男子寮に入る為の手続きでもしてるんじゃないか?

 入寮は認められたわけだし。

 だが、強かった……よな?

 クラウ姉さんが気を付けろって言うんだから、そうとうだろうな。


「帰るか……あ、そういえば……トレイダが居なかったな」


 歓迎会には、俺の同室である……トレイダ・スタイニーの姿が無かった。

 出席は自由だったし……部屋で休んでんのかな?


 俺は部屋に戻り、トレイダがいないことを確かめた。

 そして水の音がすると気付き、風呂に入ってるんだと認識すると、一人考える。


(……そういや、アイズが言ってたもんな。転生者は沢山いるって。もう、どこにでもいると考えて回った方がいいよな……実際、もしかしたら新入生にも先輩たちの中にも、居てもおかしくはないよな)


 机の上に置いてある【キール貝】のお守りをツンツンしながら、一人で考えていると、扉が開く音が聞こえた。

 トレイダが風呂から上がったんだな。


「……俺も、早めに入ろうかな……」


 疲れたしな。

 俺はタオルを持って、バスルームへ向かう。


「よく考えたらすげぇよな。一部屋に風呂もトイレも完備してんだから……もうホテルだろ、こんなのさ……」


 コンコン――と、俺は脱衣所のトレイダに声を掛ける。


「トレイダ。ミオだけど、開けるぞ?」


「……っ……!……ぇ……!!」


 まだ着替えているのだろうけど、男同士だし別にいいよな。

 俺も、早く疲れを取りたいんだよ。


 ガチャリ――


「……いや~、今日は疲れたよ。まったくさ……トレイダも……――え??」


 トレイダ?……じゃ、ない!?


「「――あ」」


 俺の視線は、下からゆっくりと上がって行き、その瑞々みずみずしい身体を見てしまう。

 しなやかな四肢しし、張りのある肌……くびれた腰に大きな胸。

 そして、広い大海のような青い髪……青い瞳。


「――ミ……ミー……ティア?」


 そこに、全裸のミーティア・クロスヴァーデンがいたのだ。

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