4-24【アイシアの気持ち】



◇アイシアの気持ち◇


 ミオが旅立つ、その日……わたしは家にいた。

 ママの言葉も聞かず、わたしは朝から寝たふりをしていたのだ。

 ベッドの中で泣き晴らした目を、ごしごしとこすりながら。

 もうそろそろ、旅立ってしまっただろうか……


 ――コンコン。


 しばらくして、ママが部屋に入ってきた。


「もう行ったわよ?ミオくんとクラウちゃん」


「……うん」


「本当に良かったの?お別れを言わなくて……」


「……うん」


 「そう、ならいいけど」。そう言って、ママは戻って行った。

 こうまでしてミオに会わなかったのには、考えがあったからだ。


 ズルくて、意地の悪い考え。


 最後の数日間、わたしはミオに会っていない。

 その理由は……印象を付けたかったから。


 ミオに……「アイシアは何をしてるのかな?」「どこにいるのかな?」「会いたいな」って、思って欲しかったの。

 だから……身を削って会いに行かなかった。


 次に会えるのは、おそらく夏だと思う。

 わたしも、農家の娘である自覚はある……春に向けて、することが多いんだ。

 ミオが居なくなったことで、【スクルーズロクッサ農園】も少し変わるかもしれない……だから、野菜をしっかり育てないと。


 意思を向けるべきは、夏。

 その時までに、わたしは立派な女になる努力をしよう。

 ミオ好みの大人な女性になって、そして――ミオの心を射止めるんだ。





 馬車が揺れ。

 気持ちも揺れて。

 ぐっらぐら。


 俺が変な五・七・五を心の中で読んでいると。

 クラウ姉さんが揺れながら言う。


「……順調ね」


「そうだね」


 馬車は揺れている。

 でも、決して不快じゃない。

 道が整備された事で、スムーズなんだよ。


 中継点の50キロメートル地点まで行ったら、馬を交換だ。

 そうすることで、ぶっ続けで移動が出来るからな。


 俺が揺れているのは、気持ちの問題。

 アイシアの事だよ。


 なんで、アイシアは来てくれなかったんだろう。

 しばらく……下手をすれば何ヶ月も会えなくなるのに、どうして。


「……」


 内心でなんどもため息をいている。

 そんな俺の心を見透かすように、クラウ姉さんは。


「――辛気しんき臭い顔ね。そんなにアイシアに会いたかったの?」


 グサ――!


 うぐぅっ!!

 ク、クラウ姉さん……今それ言わんでもいいだろ。


「……別に」


 そう言うしかねぇよ。


「なら自分から会いに行けばいいじゃない。なに受け身になってるの?」


 グッサ――!!


 言葉がど真ん中に突き刺さった。

 ド正論だよ、クラウ姉さん。


「……そう、だね……その通りだった」


 そうだよ、俺はなんで待ってたんだ?

 あ~そうか……胡坐あぐらをかいてたんだな、きっと。

 アイシアなら来てくれる、好きでいてくれるって……調子に乗ってたんだ。

 馬鹿だな、俺。


流石さすがに今からは戻れないけど……次はしっかりなさい。男の子でしょ?」


「――うん、その通りだ。ありがと、クラウ姉さん……頼れるよ」


 クラウ姉さんは笑う。

 しかし、その笑みが何だか少し怖い。


「当たり前でしょ。大好きな弟の為だもの……でも、二股はダメよ。そんな薄情者はくじょうものに育てた覚えはないからね」


 俺も、クラウ姉さんに育てられた覚えはねぇよ。

 ――でも。


「ああ、分かってる……この三年で、俺も色々と決めなくちゃ」


 三年、冒険者学校に通う三年。

 その三年で、俺は選ぶ事が出来るだろうか。

 アイシアとミーティア、俺を好きと言ってくれるこの二人のどちらかを、好きになって。

 そしてどちらかの女性を、選ぶなんてことが……出来るのだろうか。

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