3-82【クラウの夢とミオの未来】



◇クラウの夢とミオの未来◇


 村の西口では、ジルリーネがジェイルを待っていた。


「――来たか」


 魔力の反応に、ジルリーネは長い耳をピクリとさせて反応し、その方角を向く。

 すると影が揺らぎ、その中からジェイルが現れた。


 しかし、ジェイルの表情が優れない。

 ジルリーネは直ぐにさっしたが、にわかには信じられなかった。

 だから聞く。


「……何があった?」


 影から出て来たジェイルが、顔をしかめながらある物を地面に投げた。

 ベチャ――と、水分が音を鳴らす。


「――うっ、この臭い……【キドラの実】かっ!」


「ああ、それを薬品にしたものだな」


 【キドラの実】。地球で言う銀杏イチョウだ。

 この世界の実は、地球の物よりもはるかに臭いを放ち、魔力をふくんでいる事で逃走用の道具に使われることが多い代物しろものだ。


「くっ、では……」


 ジルリーネは服の袖で鼻を押さえながら言う。


「――ああ、すまない。逃げられた」


 あの後ジェイルは、索敵さくてきをして周辺を探したのだ。

 だが、気配は一切見つからなかった。


「魔法の道具を使ったとはいえ、ジェイルから逃げおおせるとはな」


 しかも、あの短い距離を……だ。

 確かに……実行犯である男はいたのだが、その男は彷徨さまよう者のように抜け殻になり、索敵さくてきにも反応しなかった。

 きっといまもまだ……森の深部を歩いている事だろう。

 自分の故郷を目指して。


「……まだ近くにいると思ったのだがな。周囲にも反応は無かった」


 ジェイルは知るよしがないのだ。

 まだあの近くに、心をうつろにした男が徘徊はいかいしているとは。

 気配すらなく、魔力を感知させる事なく歩く男を。


「すまん……ジル」


「いや、仕方がないさ。ミオには、わたしが説明しよう」


「ああ……頼む」




 ミオの家である村長宅に向かう道すがら、二人のエルフは。


「なぁジェイル……どう思う?ミオとクラウ」


 今回の戦い。

 百体もの魔物、その大半を倒したのは、確かにこの二人だ。

 【リードンセルク王国】に行かせる訳にはいかないと言う理由があったにせよ、隣国の戦いに参加したのだ……思う所はあるのだろう。

 しかし、それ以上に感じたのは……あの姉弟の強さだった。


「……才能は勿論もちろんあるさ。特にクラウは……あの場所・・・・を目指しているのだろう?」


「ああ、そうだな……」


 それは、クラウの夢だ。

 しかし、本来ミオには関係がない事でもある。


「――ならば、ミオも・・・行かせるべきだと俺は思う。言い方はあれだが、こんな村にとどめて置くには……勿体もったいない……」


「……ああ、わたしもそう思うよ」


 二人は同意見だった。


 素人とは思えない魔物との戦い。

 見た事のないような魔法。

 異常なまでの成長率。


 どれをとっても、こんな小さな村の村民とは思えないものだ。

 それこそジェイルがクラウと戦った時の言葉……【神の花嫁アロッサ】だ。


「そうだな……ならば、ルドルフとレギン……二人の両親にはわたしが言うさ。送り出してやれ、とな」


 クラウの夢――それは、冒険者になる事だ。

 ジルリーネは二年前にそれを聞き、稽古けいこをつけてくれていたのだ。

 そして冒険者になる為の道も……しるしてくれていた。


「【ステラダ】にある……【王立冒険者学校・クルセイダー】……来年、クラウがこの村の学校を卒業したら……わたしが推挙すいきょして、通わせる」


「ああ、そこにミオも行かせるといい。あの才能だ、年齢は関係あるまい……あの人・・・も、優遇してくれるのだろう?」


 ミオはまだ十四歳……この村の学校にもまだ通っている。

 だが、そんな事はもう関係無い。

 未来に可能性を秘めた若者の躍進やくしん……それは、どこの国も欲しているものだ。


「そうだな。この村の安定が確保できれば、ルドルフだって文句は言うまい……ジェイル、旦那様に」


「――分かった。ダンドルフ・クロスヴァーデンに支援を頼もう……しっかりと、この村の要請ようせいではないと……念押しをしてな」


 それは、エルフの王族であるジルリーネだから出来る事であり、決して正攻法ではない。

 そんな事は分かり切っているが……どうしても二人、ミオとクラウがかがやく事に確信を持ったから出来る荒業だ。


「ああ、頼んだ……」


 ミオが言う「頼らない」と言う言葉を守りつつ、彼と彼女の未来を進めるために……二人は行動をする。

 ミオとクラウが、この世界でかがやく星と確信して。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る