3-81【父と子】



◇父と子◇


 コン……コン――


 村長の執務室しつむしつとしても使われる、夫婦の部屋。

 新しいスクルーズの家の中では、リビング以外では一番広い部屋だ。

 そんな部屋の扉を、ミオはゆっくりとノックした。

 直ぐに「どうぞ」と母レギンの返事が返って来て、ミオはゆっくりと扉を開ける。


「――帰ったかミオ……クラウは?」


 いない娘を心配しつつ、ルドルフは報告を待つ。

 妻のレギンがかたわらで不安そうにしているが、言葉はない。

 夫の村長としての立場を、尊重そんちょうしているのだ。


「ただいま戻りました……クラウ姉さんは、少し休んでいます。でも大丈夫、疲れただけですから、時機によくなります」


「そうか……ご苦労だったな。ミオもクラウも、ジルリーネ殿とジェイル殿にも感謝だ……」


「はい。お二人は現在、調べる事があると言って村の外に……ジルリーネ殿は村入り口で待機していますが……ジェイル殿は逃げた魔物を追っています」


 ミオは報告を始める……が、何とも事務的と言うか、息子と父親の会話とは思えないものに、レギンは不安そうにする。


「うむ。ではミオ、悪いが報告を続けてくれるか。ミーティアさんには話を聞いたが、やはり分からないことだらけではな……お前も疲れているだろうが、頼む」


 確かに、村長とは言え……ルドルフもレギンも、ことの顛末てんまつを知らない。

 ミーティアから“ミオの伝言”と言う事を言われ、ジルリーネやジェイルの助言もあった手前、それにしたがうしかなかったのだ。

 だから、ミオにはもう少し頑張ってもらいたいという事なのだろう……と、レギンは思った。

 ルドルフの言葉に、ミオも。


「――分かっています。魔法を使う訳じゃないんだし……報告はしっかりします」


 そうして、今回起きた魔物襲来の騒動そうどうを、息子……ミオが話し始めた。





 始まりは、村の結界が解けていた事だ。

 この事をどうつたえるか、俺は考えていた。

 なにせ、現代のこの村の人たちは、【女神アイズレーン】の事はほとんど知らないんだからな。

 ジルさんとジェイルのようなエルフ族の人たちの情報が無ければ、今もきっと名も無き村のままだっただろう。


「アイズ……あ、いや……アイズさんのおかげで、この村が結界で守られていた事が分かりました……でも、それが突然解除されてしまったらしいんです」


「アイズ殿が……しかし、その、結界?と言うのはいつからなんだ?」


「大昔からだそうです。この村の名の由来にもなっている女神様……【豊穣神アイズレーン】様。その神が、この村に結界を張ってくれていたそうです……そのおかげで、何百年もこの村は……争いごとから守られていた……と、アイズさんが言っていました」


 噓じゃないしな。

 これくらいならつたえても大丈夫だろう……変に情報を与えても、田舎民は混乱するだけだろうしな。


「そんな大昔から……」


「はい。そしてその結界が……解除されてしまった。理由は分かりませんが、アイズさんが言うには、そのせいで周辺にいた魔物が……村に向かって来たそうです」


 結界が……解除ではなく、“壊された可能性”と魔物は“誰かが操っていた”可能性は伏せよう。余計な火種になりかねないしな。


「それで魔物が……しかし、それを倒したのか?ミオと、クラウが……?」


「俺たちだけじゃありませんよ。ジルさんとジェイル……さんにも手伝って貰ったし……基本的には二人のおかげだと思います」


 これは本当だ……二人が協力してくれなかったら、魔物は確実に村に侵入していたと思う。

 いくら俺がチート能力で戦っても、その数は尋常じんじょうじゃなかったからな。


「そ、そうか……それなら、こちらからも感謝を言わねばな。だが……お前たちが無事で、本当よかった……なぁレギン」


 父さんとは母さんを見る。

 この部屋に来て、初めて事務的じゃなくなった気がした。


「え、ええ。ミーティアに話を聞いて、本当に不安だったのよ?レインもコハクも、ずっと心配していたわ」


 そうだよな。母さんにも心配かけた。

 それでも村長夫人として、取り乱さない所が流石さすがだよ。


「うん。レイン姉さんとコハクは、クラウ姉さんと一緒にいるけど……家に入った瞬間に抱きしめてくれたよ」


 「そう……」と母さんは笑ってくれた。

 報告はだいたい終わった。

 だけど、まだ今後の事がある。


「父さん」


「ん?」


 今後……もしアイズが同じ結界を張る事が出来ない場合、村は危険になるという事だ。


「この先、村の警備を増やさないと駄目だめだよ。きっと、今後は魔物や獣が来ると思うから」


 事務的な流れが終わったから、俺も普通にしゃべる。


「あ、ああ。そう、なのだろうな……」


 父さんも、それは分かってくれている。

 今後……【豊穣の村アイズレーン】は、危険と隣り合わせだ。

 しかし、それはどこの国でもどこの村や町でも同じだ。

 この村が、女神に守られていたと言う特別があっただけで、普通に戻っただけと考えるしかない。


「直ぐに、手配しよう……」


「……ありがとう、父さん」


 信じてくれるんだな、俺の言葉を……息子を。

 不思議ふしぎなもんでさ、あれだけ腹を立てていた反抗期のような感情も、アイシアに気付かされてからは一切感じないんだ。

 父さんの気持ちも考えも、考えられるようになったのかな……息子としてさ。

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