3-79【次の展開へ】



◇次の展開へ◇


 男は不気味な気配に気付く事なく、黒髪の少年に凄む。


「――あ?なんだガキっ!道具?意味の分からねぇ事を言うなっ!」


 相手にしているひまはない。

 今すぐにでも逃げなければならないのだ。


「はぁ?……分からないって?持ってんじゃないのよさ、そのゴツイ手に」


 少年は、やれやれと言った感じであきれる。

 それが、更に男を苛立いらだたせた。


「なに?おいガキ。これはなぁ、俺が女から依頼されて――」


「――ああ、あの女って……イシスの事だろ?」


 イシス……そう、確かそんな名前だった。

 だが、どうしてこのガキが……と、男は不思議ふしぎに思う。

 しかし、同じ依頼を受けていたのだとしたら?と勝手な自己解決をして。


「はは~ん、なるほどなぁ。なんだお前も同業者か?なら作戦は失敗だぜ。この道具、魔物を操れてもいう事を効きやしねぇ。くそったれだぜ、だまされたんだよ。あの女によぉ!」


 男の言葉に、黒髪の少年は不気味に笑い。


「はっ……だまされたのはアンタだけさ。女神・・うそを吐けない……だが誤魔化ごまかすことは出来るのさ。口がうまいんだよ、イシスは……だから、噓は言っていないのさ」


「はぁ?女神?……なんだガキ、夢でも見てんのか?」


「――夢か。夢なら夢でもいいかもな……取りあえず、そのオカリナを返してくれよ。それは、俺のなんだ……返してくれないと、怖い目に遭っちゃうぜ?」


 男は苛立いらだちながらも、持っていたオカリナを少年に投げつけた。


「――うるせぇガキがっ!!くれてやんよ、こんなガラクタっ!!」


 ――バシッ……と、少年の胸に当たり。

 むなしく落ちたオカリナ。


 落ちたオカリナを、少年は大事そうに拾い上げて仕舞しまう。


「おいおい、おっちゃん……親御さんに言われなかったのか?物は大切にしろよ……」


「なんだとぉっ!!」


 まるで説教でもしたいのかと、男はついにキレた。

 少年に詰め寄り、胸ぐらをがっしりとつかんで大声をあげる。


「――うるせぇんだよっ!!このクソガキがっ!!黙って母ちゃんのおっぱいでもちゅーちゅーしてなっ!」


「……」


 しかし動じることなく、少年は男をまっすぐに見つめて――ぼそりと、少年は何かをつぶやいたのだった。


「なん……だ、と……」


 そして……驚愕きょうがくする男は離れ、フラフラと足元を覚束おぼつかなくさせると、少年の言われたその言葉に。


「……はい……すみませんでした……反省しています……もうしません……国に帰って、窃盗せっとうで自首します……」


 ブツブツと一人、虚空こくうを見てつぶやき、歩いて行く。

 その目はうつろで、光はない。

 そんな男に、黒髪の少年は。


「――あ~あ、だから言っただろ?怖い目に遭うってさ。まったく、これだから汚い大人は困っちまうねぇ……悪いけど、悪人には容赦ようしゃしない主義なんだ。正義の味方ってのはさ。覚えときな――って、もう聞こえないか」


 少年はやれやれと肩をすくめて、男の背を見る。

 男はトボトボと歩き、森の木々の中に消えていった。


 そして少年も。


「――おっと。誰かが来たなこの気配は……そんじゃま、神具・・も取り返したし、帰りますかね……っと」


 そう言って、少年は反対の方角へと走り出す。

 尋常じんじょうならざるスピードで駆け、あっという間に姿を消したのだった。





 少し、ほんの少し遅れて。


「……気配が消えただと?」


 影から現れたダークエルフの青年、ジェイル・グランシャリオが、脱ぎ捨てられたフードを発見した。

 そのフードから悪臭をただよわせる臭いに顔をしかめながら言う。


「逃げられただと?俺が?……もう気配は、完全に無いな。どういうことだ?」


 あの場から逃げた最後の魔物は、ジェイルが少し前にとどめを刺した。

 そして、術者とみられる気配を感知して追って来たのだが……急に気配が切れたのだ。再度気配を探しても、すでに悪い気配は無くなっていた。


「……ちっ、しくじったな。ジルに何と言おう」


 妹に何と言われるか、今の立場の低い自分の未来を案じて悔やむ。

 そんな言葉を言い残して、ジェイルもまた一人……影に潜っていった。

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