第3章【反抗期の俺。十四歳】

【少年】編・下

プロローグ3-1【死してなお、求めるのは復讐心】



◇死してなお、求めるのは復讐心◇


 現在ミオ・スクルーズたちが暮らす世界からすれば、こちらの世界こそが異なる世界と呼べてしまう、そんな世界――地球。


 その日本という国の都内某所とないぼうしょ


 ある日……全くの同じ日に三人の男女が命を落とした。

 一人は男性、武邑たけむらみお、三十歳。

 一人は女性、漆間うるま星那せいな、三十歳。


 住む場所も違い、仕事も違い、関りなど無いと思われた。

 しかし二人には……高校の同級生と言う、奇妙きみょうな繋がりがあった。

 既に卒業をして十年以上、本人たちも、再会していたなどという事はなく。


 だが同日、別々の場所で命を落としたこの二人だが、犯人は同一人物だった。

 男性は……秋葉原にある電気屋の前で、刺されて死んだ。

 女性は……仕事場である、大学近くの解剖センター前で絞殺された。


 そして、死亡した三人の内の最後の一人である人物は……二人を殺害した犯人だった。

 その少女・・の名は……仙道せんどう紫月しづき


 十七歳の……高校生だった。


 彼女には、生まれつき精神にかかえる病があった。

 執着心しゅうちゃくしん庇護欲ひごよく殺意衝動さついしょうどう……そして、男性へのトラウマだ。


 幼い頃に両親に捨てられ、孤独に生きた少女は一人の男と出会う。

 その男は優男で、自分とは不釣り合いだと思っていた。

 だが、何度も会って話をするうちに、自然と好意を抱くようになっていた。


 数年の付き合いの中で、交際に発展。

 身体を重ね心を重ね、愛し合い慕い合い、全てが上手くいっていると思った。


 しかしある日、彼女はその男に――だまされていたと気付いた。

 何度も“愛している”と耳元でささやかれ、その度に彼を守りたいと思った。何をしてでも、守りたいと思っていたのに。


 その男には……複数の女がいた。

 浮気……二股、三股……そんなものは当たり前だった。

 それどころか、少女は数番目……つまり、自分が浮気相手だったと知った。


 彼女は、男の性のけ口だったのと、その時初めて気づいたのだった。


 心の奥底からき上がるのは殺意だ。殺してやりたいと言う、圧倒的で純粋で、しかし無垢なほどの……殺意だった。


 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。

 一昼夜泣きはらし、決定づけたのは……男からの誤爆ライン。


『アキバに家電買いに行くんだよな?俺がオススメピックしてやるから、デートにしようぜ?』


 数秒でそれは消されたが、通知だけでも読むことは出来た。

 だから決めた。殺してやろうと。

 自分をもてあそび、馬鹿にして、虚仮こけにして、舐め腐った。


 純粋までの天秤は、片方に重くのしかかった。殺意という皿に。




 小さなころから、虫や動物を命だとは思わない子だった。

 羽をむしり取り、足をぎ取り。

 石を投げ、落とし、叩き付け。そうやって奪う、命を。


 そしてそれを……人間も同じなのだから、と。

 そう思った。思ってしまったのだ。


 長年施設で暮らし、親からも職員からも虐待ぎゃくたいを受け。

 この男に出会い救われたと……思っていたのに。


 しかし、裏切られた。だから復讐しようとした。

 誤爆ラインの情報をもとに男を尾行し、女と一緒にいる所を目撃した瞬間……能動的に動いていた。


 発動した殺意衝動。奥底から湧き上がる復讐心。

 だが気付けば、進行を邪魔する障害物おとこに……その凶刃を防がれたのだった。


 ブツブツ言葉にする少女には、倒れた男も視界に入らない。

 事に気付いた彼の弁明も、耳には入らない。

 だが、甲高い悲鳴は耳障りにも自分に意識づけた……逃げなければと。


 だから失敗した彼女は、一時いっときの逃亡をした。

 その場を運よく逃げきり、路上テレビで知った。

 自分が起こした事件を……その被害者の名を。


 ――武邑たけむらみお


 その男が、自分の邪魔をしたのだと。

 腹が立った。邪魔をしておきながら、自分だけ簡単に死んで。

 そのせいであの男を殺せなかった。


 殺意衝動は転移した……死んだ男に。

 だから、その遺体の場所を探した……案外答えはすぐに見つかった。

 都内の解剖センターに、その遺体がある。


 更にズタボロにしてやろうと思ったのだ。

 しかし、時間は夜……このままではじきに捕まる。

 そう思った時、あの女が出て来たのだ。


 臭いがした。あの男の臭いが。

 気付いた時には、女に声をかけていた。


 そして確信する。

 この女は知っている、武邑たけむらみおを知っている。

 だから、殺した……簡単だった。

 首もとに手を伸ばし、少し強く首に触れただけで、その女は簡単に事切れた。

 ああ、やっぱり動物と同じだ……と、それしか思わなかった。


 命はあっけないと思った時、サイレンが鳴った。

 どうやら監視カメラがあったようだ。

 だから、その女が出て来た裏口から侵入して……男の遺体を探した。


 遺体安置室。何とも簡単に見つけ、侵入すると……そこにはいた。

 武邑たけむらみおが。その遺体の胸には傷があった。

 そう……自分が刺した、致命傷の傷だ。


 もう一度――殺す。

 命も、魂も、全て壊す……一片の欠片も残さない。

 もし、この世界にいなくなっていたとしても……必ず見つけ出して、殺す。


 自分をだましたあの男、それを殺せなかった紫月しづきの復讐心は、いつの間にかこの男に移り変わっていたのだ。


 そして、その綺麗にされた身体に、もう一度刃を突き刺してやろうと振り上げた瞬間――警察がやって来たのだ。


 観念する訳にはいかなかった。

 だから、紫月しづきは強行した。


 警察官を殺そうとしたのだ。

 しかし、すでに凶悪犯として指名手配され始めていた身。

 紫月しづきがナイフを振り上げた瞬間、警察官は発砲した。


 何発もの銃弾を受け……紫月しづきは倒れた。

 しかし、まだ彼女は生きていた。

 手も足も、身体も穴だらけになりながら……動く。

 辿たどり着いた場所は、武邑たけむらみおの遺体が乗る安置台。


 そこで、紫月しづきみずから命を絶った。

 ナイフで首の動脈を切り、自決したのだ。


 死にぎわ……もう一度、殺してやる――と、言う呪いをかけて。





 死んだ。死んだのだ。

 迎えに来るのは死神。

 自害したのだもの、当たり前だ。


 だが、子供の声が聞こえた。

 女の子の声だった。


 「もう死ぬんだ」と、あきらめたような言葉だった。

 だから私は言ってやった。

 「ならば代われ」と。私と代わってくれと。


 そこからは、あっという間だった。

 見えるのは光。まぶしい光だ。

 目を覚ますと、真っ赤なカーテンが見えた。


 しかし同時に理解した。

 ここは日本ではないと。

 知らない場所なのだと。


 そして、自分はもう……仙道せんどう紫月しづきではないのだと。

 脳内に流れてくるのは、この世界の知識。

 この少女の知識だ。


 それを、紫月しづきは受け入れた。

 名を――シャーロット・エレアノール・リードンセルクと変えて。


 不治ふじの病など、力でねじ伏せてやった。

 正確には、【不死ふし】と言う能力を得て、無事だったという事であり。

 シャーロットの意識を、紫月しづきが食い破っていなければ、シャーロットは死んでいただろう。


 病にて死ぬと思われていた王女の意識を殺して……紫月しづきはこの世界に立った。

 これも、復讐心の為だ……身勝手な復讐の為に、彼を探すのだ。

 そしてもう一度、今度はたましいすらも殺して見せる……と。

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