2-96【追いかけっこ2】



◇追いかけっこ2◇


 ジルさんと、立ちふさがっているであろう男。

 俺には関係を探れるような余裕はなかった。

 張りけそうな心臓の痛みで、俺はくぐもった声を出す。


「――ぐっ……うぅ」


「ミオくん!!」

「ちっ……ミオ!!」


 身体を動かそうとすると、ズキズキと心臓が張りけそうになる。

 何でこんな時に……俺はいつもそうだ、タイミングが悪すぎる。


「――いいからその子を寄こせ、ジル。黙ってしたがえば、危害は加えないさ」


「ふざけるな!誰がお前に……お前なんかにっ!!」


「――ジルリーネ!伏せてぇぇぇぇ!!」


 ミーティアさん?叫んで何を――


 ボッフゥゥゥゥゥゥゥ――ン……


「――なっ……!くそっ……小麦だと!?おいっ!ジル……逃げても無駄だぞ!……!……っ……!!」


 男の声がどんどん遠くなっていってる。

 身体も揺れる。多分、ジルさんが走り出したんだ。





「――助かりました……お嬢様」


「ううん。いいのよ……でも、あのパン屋さんには、あとで謝らないとね」


 そうか。パン屋の路地裏だったんだ。

 そこの裏口にあった小麦の袋を、煙幕えんまく代わりにしたのか。

 機転が利いてるな。


「来ては、いないようだが……」


 ジルさんたちも、身を隠したのだろうか。

 くっそ……まだ目が開かない。

 痛みに言葉も出せなくて……不甲斐ふがいない。

 何のための能力だよっ。


「ねぇジルリーネ、あのエルフの騎士だけど……もしかして、知り合いなの?」


 それは、俺も気になるけど……さ。

 ジルさんは、一瞬だけ間を置くも……答えてくれた。


「……あの男の名は、ジェイル・グランシャリオ。エルフの剣士です……そして、わたしの……腹違いの兄です」


「えっ!?でも……ダークエルフで」


 腹違いの兄?……いやでも、ミーティアさんの言う通りだ。

 ジルさんはエルフ……男はダークエルフだろ?


「あ奴の母が、ダークエルフなのです。あの男は、十歳離れた……わたしの兄なのですっ……!」


 心の底からくやしそうな声だった。

 本当に、あの男……ジェイルって奴をうらんでいるかのような。

 そんな声音こわねだった。


「あの人、どうしてミオくんを……?」


「それはわたしにも分かりません。急すぎて、なにがなんだか……」


 本当だよ。

 ここにいる誰も、理解が追い付いていないんだからな。


「――うっ……ミーティア……さん」


 よし……話せるくらいには回復した。


「ミオくん!」

「ミオっ!」


 ジルさんは俺をそっと座らせてくれる。

 ああ、呼吸が出来る……それだけでも幸せなんだが。


「ふぅ……ふぅ……はぁ……」


「ミオくん……大丈夫?」


「はい……すみません、急に」


 本当に申し訳ない。

 でも、何だったんだあの痛み、尋常じんじょうじゃなかった。

 それこそ死ぬかと思ったぞ。


「私はいいんだけど、あの男の人……ジェイルって人……知ってる?」


 当然、俺は首を横に振る。

 当たり前だが、ダークエルフに知り合いなんていない。

 ダークエルフの存在も、今日……と言うかさっき知ったばかりなんだから。


「――そうか……だが、どうしてジェイルはミオを……――!!ちっ……速すぎるだろっ!!」


 バッ――と振り向き、俺とミーティアさんをかばう形で腕を広げるジルさん。


「ジルさ――!」


「……相変わらず、詰めが甘いな。ジル」


 もう来たのかよっ!?結構な距離を、ジルさんは走ったぞ!?

 途中とちゅうからはミーティアさんもかかえてたんだ……流石さすがに疲労が心配だ。


「……いい加減にしろジェイル!……こんな子供を追いかけまわして、いったい何がしたいんだっ!答えろっ!」


「――先ほども言っただろう……お前には関係ない。下がれ!」


 クソったれ……なんなんだよこの男っ!!

 まるで話の通じない仕事人間に、俺は混乱しながらも、どうにかしてこの場を乗り切る方法を、必死になって考えるのだった。

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