2-92【展開は突然やって来る】



◇展開は突然やって来る◇


 会長室に戻ったダンドルフは汗をいていた。

 それも冷や汗だ。滅多めったくことはないだろう。

 では、何故なぜそうなっているのか……だが。


「――会長っ……い、いらっしゃいました!」


 秘書の女性が、あせりつつダンドルフに言う。


「うむ……通してくれ」


 この場は会議室ではない。

 ダンドルフの会長室だ。

 そこに、客を通す……それだけで、緊急だと言っているようなものだった。


「――失礼する。クロスヴァーデン殿……御久おひさしいな?」


「これはこれは……ライグザール大臣閣下・・・・……突然の御訪問、おどろきましたぞ」


 ダンドルフが立ち上がり、迎えるのは……この【リードンセルク王国】の大臣……アリベルディ・ライグザールと呼ばれる男だった。

 このライグザールと呼ばれる男は、武闘派と知られた、元・冒険者であり、異例の大臣だ。


「今日は、どうされましたかな……?」


「いやなに……昔馴染みと話をしたくてな。少しばかり時間を割いていただいた訳だ」


 本当は、大事な契約の前に……割り込んだ。だが。

 しかしダンドルフはそれを口には出来ない。


「それは嬉しいですな……昔馴染みなどと、大臣閣下に仰っていただけるのは」


「フハハハッ、何を言うかクロスヴァーデン殿。若かりし頃は、無茶をしただろう……互いにな。しかし、よかったのか?客人がいたようだが……」


 待機所の二人を見かけたのか……ライグザールは言う。


「いえいえ……この国のトップ冒険者であったライグザール大臣閣下の御訪問……我が【クロスヴァーデン商会】の商品も、昔から御贔屓ごひいきにしていただいた訳ですし……当然ですぞ」


「はっはっはっはっは!なつかしい話をする……其方そなたの店のアイテムは性能がいいからな、今でも城では有名だよ」


 だがしかし、何故なぜ……今日訪問して来たのか、気になるのは当然そこだ。

 ダンドルフとしても、利益りえきが確実に得られる契約が目の前に在ったというのだ、台無しになる可能性だってあった。

 相手方の人がいい性格が幸いしたが、もしそんな事があっては、商人失格だ。


「して、ライグザール大臣閣下……今日はいったい、何用ですかな?」


「……うむ。実はな」


 この話が、国の未来を……世界の未来を変える可能性の一端いったんだという事を。

 今、この瞬間は……誰も知る事はないのだった。





「ん?……なんだろ?」


 中央通りの商店を虱潰しらみつぶしに歩いていたミオとミーティア、そしてジルリーネは、ざわざわとする街並みに目をやる。


「――っ!二人とも……こっちにっ!」


「「えっ!?」」


 ガッ――!!と、ジルリーネに手をつかまれて、二人はとある店の裏に引き込まれた。


「ちょっ……ちょっとジルさん!?」

「どうしたのよジルリーネ……痛いわ?」


「すみません、お嬢様……少しばかり、気がかりが」


 ジルリーネが影から見るのは、商店道路を走る豪奢ごうしゃな馬車だ。

 【クロスヴァーデン商会】の馬車も凄かったが、あの馬車もまた凄い。

 まるで……お姫様が乗っているような馬車だと、ミオは思った。


「……ジルリーネ?」

「……ジルさん?」


 ジルリーネがジッ――と、見つめるのは、馬車を警備するように並走する騎士だった。


(褐色かっしょくの肌……?長い耳……?あれって……まさか、ダークエルフか!?)


 ダークエルフの騎士。

 ジルリーネは、それを見つめている。

 それこそ、穴が空くのではないかと思わせるほどに。


(なにか、あるのか?)


 そして、馬車が止まった。

 そのダークエルフの騎士が馬車の扉を開き……ゆっくりと出てきたのは、豪華絢爛ごうかけんらんな衣装に包まれた美女、この世の物とは思えない……まさに――プリンセスだった。

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