2-64【豊穣の村6】



豊穣ほうじょうの村6◇


「行っちゃったわね……あの子」


「……そうだね」


 隣並びで歩くのは、クラウ姉さんと俺だ。

 父と長女が乗る馬車を見送って、村の北側の入口から、残った家族四人で家に戻る。

 レギン母さんと手を繋ぐコハクと、その後ろからついていく俺とクラウ姉さんという構図だ。


「で、どうするの?」


「え……何が?」


 変な声が出そうになった。

 急に何を……どうするって言われても、マジで何をだよ?


「あの会長さん……随分ずいぶんミオを気に入ってたみたいだし」


 へぇ……そこまでかな?俺には何も感じなかったんだが。

 それに俺、商談とかは一切関わってないしな……気に入ったって言うけど、どこをどう気に入られたんだろうか。


「あの女……ミーティアとの関係、どうするの?」


 あの女て……なんでそこまでミーティアさんを敵視してんのこの人は。

 それに……どうするって言われてもな、そりゃあビジネスパートナーとして――って!なんでそんなこと聞くんだよっ!?


「――どうしたのさクラウ姉さん、どうしてそんな事を聞くんだい?」


 クラウ姉さんは、うんざりしたように話してくれる。


「――許嫁いいなずけ……いるって知ってた?」


 許嫁いいなずけ?ミーティアさんに?

 知らねぇよ……おいおい、何気にちょっとショックなんだが。


「ミーティアさんに、許嫁いいなずけが……?」


「……はぁ~~~」


 え、何それ。何そのクソデカため息。

 これは俺か?俺が悪いのか?


「ミーティアにじゃないわよ……ミオ・・に」


「あーなんだ。へぇ……僕に――」


 なるほど俺か、俺にね。

 許嫁いいなずけかぁ――はっ!?はぁぁぁぁぁ!?


「ちょ、ちょっと待ってクラウ姉さん……ど、どういう事?」


「どうもこうもないわよ……ミオが小さい時から、許嫁いいなずけがいるんだよ……?今までもそれなりに勘付いてもおかしくないのに……まったく」


 な、なんだってーーーー!!

 許嫁いいなずけが!?お、俺に!?

 勘付くどころか、全然知らなかったんだが!?


「だ……誰?」


 まさか……この村、近親オーケー?

 そんな馬鹿な!ありえん!駄目だめだ混乱している。

 全然候補が出てこない!レイン姉さんだったら血反吐ちへどを吐くほど嬉しいけど!

 しかし、そんなことがありえないのは百も承知だ。


「ねぇミオ、ミオと同世代の女の子……この村に何人いると思ってるの?」


 はい?ど、同世代の女の子……?

 そんなの……この村には一人……しか――あ!


「――ア、アイシアかぁぁぁぁ!?」


 俺の絶叫に、クラウ姉さんは耳をふさいでうなずく。

 知らないどころではなかった。

 いや、だが……それとミーティアさんに……どういう関係が?


「いやでも、なんでミーティアさんの名前を持ち出すの……?」


 そうだよ、例え俺に許嫁いいなずけがいたとして、ミーティアさんを引き合いに出すのはおかしい。


「アイシアが言ったのよ。あの場で、ミオが起きて来る少し前にね。『ミオには婚約者がいるんです!』ってね」


 物真似をするように、クラウ姉さんはアイシアが言ったであろう言葉を口にした。


「……」


 言葉が出なかった。そう宣言できるって事は、あの子は知っていたって事だ。

 俺と許嫁いいなずけの関係……って事に。

 まさか、だからあんなに……俺に積極的に?


「それでね……会長さんが、あの子……ミーティアに言ったのよ」


 え、なんて?


「な、なんて……?」


「――『成人するまでの五年以内に、振り向かせてみろ、れさせてみろ』ってね……」


 今度は、おそらくダンドルフさんの真似で、クラウ姉さんは言う。

 もしかして、楽しんでないか?


 しかし……なんだそりゃ、ラブコメか!!

 じゃ、じゃあなんだ、ミーティアさんのあの積極性……あれは俺を利用しようとしてたんじゃなくて……もしかして、俺を本気で……?す、す、好きに?


「……マジかぁ」


 唐突とうとつな展開に、俺は脳内処理が追い付かなくなり……帰路につくまでの事を覚えていなかったのだった。

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