第2章【思春期の俺。十二歳】
【少年】編・中
プロローグ2-1【凶刃に倒れた同級生】
◇
今日の昼に、そのニュースは放送された。
東京・秋葉原のとある家電屋の前で、一人の成人男性が刺され、命を失ったと。
犯人は未だ逃走中だが、若い女であると言う事。
そんなニュースを、私はテレビで見ていた。
まだ初期の段階の情報だったせいか、被害男性の名前は分からなかったが、もししかるべき対応がされていれば……私のもとに来るはずなのだ。
「……お?
「……ええ。殺人ですって」
「またっすか?怖ぇーっすね……あーでも、この感じだと……」
「そうね。胸を刺され……って書いてるけど、死因が出血死のショック死か、他かどうか分からないわ……来るんじゃないかしら、うちに」
私の居るここは、都内の大学近くにある、解剖センター。
私……
「そうっすか?死因なんて明らかじゃないっすか……わざわざ持ってきますかね?」
持ってくる……そうね。
来るのは遺体だ。言い方は間違ってはいないけれど……私は嫌いだ。
私に熱心に話しかけてくるこの男は……後輩であり、大学上がりの新人さんなのだけれど。
よくもまぁこんな
「確証があっても、ハッキリとさせてからじゃないと報道できないでしょ。叩かれるわよ、そんなこと言ってたら」
「うへぇ~……怖い世の中っすね。でも、この刺殺体の解剖なんて来ますかね?死因が出血性のショック死だったら、一発じゃないっすか?」
「ショック死にも色々あるでしょ?出血性……精神性、神経性……びっくりしただけでも、人は死ぬのよ」
「……へぇ。あ、ところで
「……は?何、急に?」
「――いやぁ、
確かに人に言わせれば、見た目は悪くないらしい。
ただこれを持っていても、実行させるコミュ力があっての物でしょう?
私にはないもの。
そんなつもりもないし、今世にはかけてないのよ。
張り合いのある恋愛なんて、さ。
「……まぁ予定はないけど、キミとはいかないわよ。チャラいし」
「うはぁ……キビシー」
思ってもない事を。
どうせ他にも、たくさん女なんているんでしょうに。
うっすらとそんな事を考えていると、所長が来た。
このセンターの責任者だ。
「お疲れ様です、所長」
「お疲れっす」
「おっすお疲れ、お前ら……ご遺体の解剖依頼だぞ。準備しろー」
仕事だ。
毎日、何件ものご遺体が運ばれてくる。
「どの様な方ですか?」
「ニュース見なかったか?アキバで起きた刺殺事件のご遺体だよ……」
私はとなりの後輩を横目で見る。
ほらね、と視線で言ってやった。
「……マジっすか?」
「おお、マジだ。引き取り人と連絡が付かねぇんだとよ」
「――分かりました、行きます」
そうして、私は出会ってしまうんだ。
◇
解剖台に乗せられたご遺体。
私たちチームがご遺体に
「――!?」
え……?
「ん?どうしたっすか?」
正直、説明されなくても分かってしまった。
だって、この人は。
「ご遺体の名前は……
「死因調査だが……まぁどう見てもこの胸の傷だろう。それにしても深いなぁ……だいぶ殺意が高いぞ?これ」
「うわぁ……ひっでぇ……心臓まで行ってますね……
「どうだろうな。角度的に、下方からの刺突だ……傷口は右下から左上に向かう裂傷。犯人は右利きで、背が低い……が、簡単には分かるな」
こ、殺された?
「おい。
「――あ……い、いえ……」
彼は……同級生だ。高校の時の同級生。
三年間、同じクラスだった。
でも、直接話した事は
「ご遺体……失礼します」
この仕事を始めて、もう何人もの人を見て、切って来た。
でも、まさか同級生と……遺体で会う事になるなんて。
「やっぱり出血性ショックですかね……」
「しかも即死だろうな。さっきも言ったが、この傷……胸骨を貫通しての、心臓一突き……刺された本人は、何が起きてどうなったのか……分からなかったんじゃないか?」
「運、無いっすね」
そんな言い方。
「それにしてもこの傷……だいぶボロボロっすね、なんていうか」
「……刺された後に
「うっわぁ……どえらい殺意じゃないっすか。これは
あなたに彼の何が分かるの?
「目撃者の情報も、この傷を見ての俺たちの見解も、女である事を証明している……しかし、どうだろうな。
「……」
彼が?女性に恨まれた?……にわかには信じられない。
高校時代、彼は優しかった。
全てを知っている訳ではないけれど、誰かに恨まれるだなんて……思えない。
◇
私は何も言えないまま、淡々と仕事を
そして、いつの間にか私は……着替えて外にいた。
「……
夜……雨が降っていた。
ザーザーと、土砂降りだった。
帰ろう……一人の家に。
こんな気持ちじゃ、明日からの仕事に支障が出ちゃう。
切り替えないと……この仕事は支障を出してはいけない仕事なのだから。
「――あの……」
建物の影から、一人の少女が私に話しかけてきた。
暗がりで、顔は見えないが……背の低い若い女性な事は分かった。
「――えっ!?」
ビ、ビックリした……女……の子?
何?びしょ濡れで……いつの間にそこにいたの?
「な、なにか?」
「今日……ここに死体が搬入されましたか?」
死体……もしかして、
「すみません……ご遺体の事は口外できないんです……何か御用があれば、受付に」
「――え?でも……あなたからあの男の
「……は?」
なに?この子……に、匂い?
「――あの男の匂いがっ……するものっ……!!」
え?な――
「――がっ!!ぐぅ……な、に……を……あ……ぁ……ぁぁ……ぅ……ぇ……」
なに?何なの?どうなってるの?
声が出ない――首が痛い――息が出来ない。
絞められてる?この女の子に?
「うひっ……ひひっ……!!死ねぇ!!死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
狂っている。
ああ……そうか、犯人か……この女の子……が……
ボギンッッ――!!
「……」
だらりと垂れ下がる四肢、雨に濡れる身体……折れてしまった、首。
私の意識は途切れた……いいえ、途切れたのではなく……死んだんだ。
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