エピローグ1ー1【とある異国で悪意は目覚める】



◇とある異国で悪意は目覚める◇


 ここは……とある王国の城だ。

 風光明媚ふうこうめいび景観けいかんと、赤レンガ造りの丈夫なお城だ。

 現在……三階の部屋の一室、厳重に警護される部屋があった。

 そこでは、この国の王女が眠っている。

 せ細った身体、絶え絶えの息……病弱で、産まれた時からその命は長くはないと宣告されていた、この国の唯一の王女だ。


 彼女は、毎晩のように夢を見る。

 自分が、見ず知らずの誰かを殺す夢だった。


 まったく知らない異国の土地で、まったく知らない夜もきらびやかな街で、まったく知らない背の高い男を、突如として刃物で突き刺す夢だ。


 その男はぎこちない笑顔で振り向き、こちらに声をかける。

 しかし、こちらと目が合った瞬間。

 手に持った刃物で、自分が男の胸を突き刺していたのだ。


 倒れる男……勢いよくあふれる鮮血せんけつ


 しかし、自分に反省の色はない。

 自分で男を突き刺したと言うのに、直ぐに視線を変え、違う男を探し始めたのだ。

 無関心。一言で言うならそうだろう。

 足元で転がる男は……完全に事切れている。無情だ。

 まるでただの障害物……そんな扱いをされた男は、俯瞰ふかんで見ていてもあわれだと思った。


 そんな夢を、王女は毎晩毎晩、眠る度に見ている。

 気もおかしくなると言うものだ。


 起きていれば病気に苦しみ、眠れば悪夢にうなされる。

 ひかえめに言っても、面白くない人生だったと思う。


 しかし、そんな面白くない人生とも……おさらばなのだ。

 今、この姫は死に向かっている。

 数時間もしない内に死神が迎えに来て、連れて行かれるのを待っているのだ。


 何回、何百、何千と、同じ男を殺す夢を見たのか。

 この王女はまだ九歳だ。そんな幼い少女が病と闘いながら、自らが人を殺す夢を毎晩見て来たのだ。

 もう……休ませてあげてもいいだろう。

 王である父親も、王妃である母親も、既にあきらめるしかない状況だった。

 風前の灯火ともしび……まさにその言葉が相応ふさわしかったのだが……しかし、神は非情だ。

 今まさに、その命の灯火ともしびが消えかけた瞬間。


「――!!」


 王女は突如、ガバッ――と起き上がり、その身にぐしゃりと濡れた汗を、鬱陶うっとうしそうに腕でぬぐう。

 視線は窓辺まどべへ向く……なんとも広い青空だ。


「――ここは……どこかしら。ああ、でもいいわ……あっち・・・での用も、もう無いのだし、きっとここに居るのよね……私を邪魔した……あの男が」


 うつろな目。死神すら追い返す、強靭きょうじんな悪意だ。

 目覚めたのは、王女とは別の何か・・……人を人とも思わない、災厄の意思。


「――また・・……殺してあげるわ……武邑たけむらみお……」




~ 第1章【幼年期の俺。零歳~十歳】編・エピソードEND~


―――――――――――――――――――――――――――――――

次話から2章【思春期の俺。十二歳】【少年】編・中が始まります。

今後もどうぞ、よろしくお願い致します。

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