エピローグ
マスコミは何も許さないだろう。
美須家の闇、舞曲運送の裏に潜む暴力団、警察との繋がり。
「荒川さんが、失踪しました。血の繋がりよりも大切だった
抑えのきいた低い声。
重々しい口調で、眉間を険しくさせて俯きながら、俺にそう言った。
「俺、荒川さんを探します。母さんに伝えてください、戻らないって」
「切原君……分かりました」
『黒野全員、近所からも世間からもバッシングの嵐、自業自得。引っ越すんだって……ハァ、頭バグりそう』
『円さんは昏睡状態、だそうです。大きな病院で今も、我々が責任を持って最後まで面倒を看ます。いつか目を覚ますまで、その先も』
『永利君……どこに行ってもマスコミの人達ばかりで、近所の人達は、怖い顔してる。仕方がないことだけど、辛いよ。どうしよう……私』
俺の両耳を塞ぐワイヤレスイヤホンから流れる哀愁漂うワルツの旋律。
何万回と流れてくるこの曲の心地よさと、新たに馴染んだ感情が湧き立つ。
寒い風が吹き抜ける頃、鼻背の傷が疼いてしまい、どうにもならないだろうけど指先で軽く触れてみる。
ダッフルコートのポケットに手を突っ込み、大人びたスーツパンツを穿いている俺は暗闇を歩く。
向こうは必死にカメラを片手に路地裏を逃げ回っている。
どこのマスコミだろう……そんなのどうでもいいか、俺はフェンスを乗り越えて大きなゴミ箱の台を踏み、マスコミの逃げ道を塞いだ。
怯えたマスコミは座り込んで、カメラを落とす。
俺は鼻で笑ってみせた。
これじゃあ俺が悪役みたいじゃないか……俺はヒーローなのに。
コートの内側でカチカチ、と音を立てた。
俺の頭には大音量のワルツが流れていて、ドクドク、ドクドク、湧き立つ。
なんでかな、笑っちゃう。
悲鳴すら出せないようで、俺は安らかに、なるべく苦しまないように、不純物の少ない日本刀のように眩しいカッターナイフを握り締め、静かに線を描いた……――。
真っ黒な高級車の後ろへ大きな旅行用トランクを積んだ。
運転手は何も言わず走り去っていく。
小さな古いアパートの階段、俺は音を立てずに駆け上がる。
周りは雑多で、まともな精神状態の人間が暮らすようには思えない地域。
暗く静穏な部屋に入れば、大人しい寝息が聞こえてくる。
布団に絡みつく、小学生のように眠る彼女を起こさないよう、ダッフルコートを脱いだ。
刃と体についた汚れを取る為、シャワーを浴びる。
それから、バスタオルを手にお風呂場から出ると、部屋の明かりがついていた。
彼女は布団から起き上がり、眠たそうにブラウンの大きな瞳を細くさせて、か弱い小動物みたいにお帰りを呟く。
鼻背の疼きが少し緩くなる。ワルツの音もミュートに近い音量になる。
彼女は夢を見た。
いつもの学校で、いつものように皆と登下校をして、お弁当を食べる。
懐かしむ彼女の表情に、指先で触れた。
大丈夫、君を守れるのは俺だけだから……警察、暴力団、マスコミ、誰ひとりだって君に近寄らせない。
俺は、彼女に微笑んでみせた……。
「大丈夫……安心して、俺が一緒だから」
ワルツが趣味で聴いていたらカッターナイフを拾ってヒーローになる話 空き缶文学 @OBkan
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