第39話 素人学生vs暴力団
黒野さんの眩しい生足が素早く動き回る。
そして、靴ごと蹴り上げて、おじさんの顎にクリティカルヒット。
呻くこともできず、おじさんは天井を見上げてそのままゆっくり仰け反りながら倒れてしまう。
「げ、滝上さんがっ!」
「このガキ! 社長の次に年なんだから加減しやがれ!!」
「くそ、このJKを止めるしかない!」
やっちまえ、なんて悪役のセリフを吐きながら黒野さんに襲い掛かる、構成員達。
こんな人数、一体どこから……。
今、俺と黒野さんは5階建てのビル、舞曲運送の第2倉庫という場所に乗り込んでいる。
1階は空っぽで、何にも置いていない部屋だった。
それなのに今は2階から下りてきた構成員が10人。
黒野さんの美脚が魅せる蹴り技によって、構成員は手も足も出せないまま倒れていく。
俺は、というと……誰も狙ってこないから棒立ち状態。
これ、やっぱり荒川さんが絡んでる?
「なぅ!」
「うひゃぁ⁉」
間抜けな声と共に背中から壁に激突した構成員が視界に入り、俺は反射的に跳ねて、後ろに下がった。
「切原! こいつらアンタを狙う気ないみたいだし、今のうちに上に行って!」
「う、うん! ごめん、黒野さん……気を付けて!」
「早く行け!」
「うん!」
ここで待っていても、黒野さんに迷惑をかけるだろう、俺は急いで2階に上がった。
あそこで躊躇したら黒野さんに怒鳴られちゃう。
駆け足で上がると、2階もまた空き室だった。
扉は開けっ放し、ダンボールすらない無に近い空間。
このまま俺は3階を目指そうと、1段目に片足を乗せた。
「ハイ、ストーップ!」
「わっ!?」
襟を掴まれ、俺は2階のフロアに戻されてしまう。
引っ張られ、転がされた。
背中から1回転して、体を起こすと……眠たげな目をしたお兄さんが、黒い礼服を着て、髪をくしゃくしゃと掻いている。
顔中の痣が痛む。
「永利さん、しつこいですって……俺らの未来を考えてくださいよ。ちょいと1人だけ人口減る程度で何騒いでるんだか、ヒーローごっこは恥ずかしいっすよ」
「減る程度って……美須さんをすぐ解放するって話じゃなかったんですか⁉」
「あーぁ」
しまった、という表情で唇を押さえたお兄さんは、薄く笑う。
「つまり、これ、永利さんを消せる権利ってやつ。発生しましたね」
刃の部分がギザギザになっているナイフを取り出したお兄さんに、俺の顔面がどんどん引き攣っていくのが分かる。
「美須ニアは永遠の人質ってことです」
ギザギザのナイフが振り下ろされた。
俺は慌てて2階の空き室へ逃げ込んでしまう。
ガッ、とフロアのマットが裂けて、ナイフは頑丈なのか刃こぼれもない。
本気で殺すつもりだ……俺の事。
「ほらほら、さっさと大人しくお母さんと逃げていれば良かったじゃん……後悔してからじゃ遅い。たかが落ちぶれた暴力団とか、荒川さんに守られてる、とか考えて余裕こいてちゃダメでしょ」
あんなの刺さったら一瞬だ。
「すみません、楽には殺せないんで、ちょーっと苦しんでくださいよっ」
薄く笑いながらナイフを振り回してくる!
「う、ぁ……わっああぁ!」
変な悲鳴が喉から震えて出てしまう。
とにかく逃げ回る。なんとか、なんとか切り抜ける方法を探さないと……。
空っぽな部屋にあるのはフロアマットと、窓だけ。窓。
俺は、窓に背中を向けた。
迫りくるギザギザの刃と、薄く笑うサイコみたいなお兄さん。
「もう疲れちゃった感じですか? 一般人の友情とか結局そんなもんですよ。変に格好つけて巻き込まれて、死ぬなんてね、ダッサ」
俺は、1秒も諦めてなんかない。
痛いぐらい心臓が跳ねている。騒々しいほどの音が、頭に響く。
音が、聴こえてきた。
オフィスのどこからか、あの低く哀愁漂うワルツが流れてくる。
ギザギザの刃先が止まった。
「なんでこの曲が?」
3拍子のリズムが……俺の体を支配する。
体は勝手に腕を掴む。
ナイフごと引き寄せ、窓の外へガラス越しにめり込ませる。
破片の散らばる音が響く。
薄い笑みが焦りに変わっていく表情筋さえゆっくりで、俺は脇に手を添えて思い切り外へと押し出した。
自分よりも身長があって筋肉もある、重いはずの相手が軽く感じた。
「あ……」
膝から崩れてフロアマットに座り込んでしまう。
一気に噴き出る汗。
いつもワックスで固めているツーブロックのマッシュショートは汗で濡れて乱れる。
「切原!」
1階が片付いたのか、黒野さんが駆け寄ってきてくれた。
「く、黒野さん……俺、や、やっちゃった」
「はぁ?」
喉が震えてしまい、うまく伝えれなくて、とにかく割れた窓を指す。
黒野さんは訝し気な顔で割れている窓から下を覗く。
「誰もいないけど」
「え? そんな、だって今」
落としたはずなのに……。
「何があったか分かんないけど、さっさと上に行くわよ」
ふらふらになりながら、俺も窓から下を覗いてみる。
真下にガラスの破片が落ちている、けど、どこにもお兄さんの姿はなかった。
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