第38話 第2倉庫へ

 躊躇いなく、俺はシーマの後部座席に乗り込んだ。


「永利!」


 母さんの声が聞こえたけど、止まる余裕なんてなかった。


「美須さん、永利君をどこへ? しかも署長のご親戚まで」


 千人針刑事……母さんの彼氏。

 それだけのことで、眉が歪む。


「娘がどうしても彼らを招きたいと言うので、美須家のお屋敷にご案内するところですよ。なに、夕方には必ず送ります」

「美須家の当主がわざわざ迎えに?」

「えぇ、信頼していた運転手が退職したのでね。娘が待っていますので、失礼」


 不安そうな顔をしている母さんに寄り添う刑事。

 俺は母さんに、


「夕方には帰るから、心配しなくていいよ。黒野さんも一緒だし」


 下手に作った笑顔で声をかけた。

 母さんはまだ説得しようとしていたけど、容赦なく後部座席の扉が閉まる。

 美須鋸太さんは助手席へ、運転席には見慣れない運転手がいる。


「良かった黒野さん、無事だったんだね」


 隣にいる黒野さんはいつもの睨むような目つきだけど、突っかかるような声もなく、ただ静かに頷いた。


「黒野さん?」

「……ごめん、油断してた」

「そんな、謝ることなんてないって、俺、なんにもできなかった。だから」


 ポケットから取り出した美須さんの大切な御守りを見つめた俺は、強く頷いた。


「今度はちゃんと、一緒に美須さんを助けよう」

「アンタに言われるとちょっと腹が立つけど、当然。ちょっと見直したかもね」


 目を細める黒野さんに、なんだか褒められた気がしてにやけてしまう。


「にやけるな切原!」

「は、はい!」


 黒野さんの叱咤に俺の背筋がピシッと伸びた。

 カッターナイフを握る手にも力が入る。

 バックミラー越しに映る美須鋸太さんは顔色ひとつも変えず、ただ真っ直ぐ前を見つめていた。

 




 舞曲運送の第2倉庫、それは今までと場所が違う。

 倉庫と呼ぶには無理があるような五階建てのビルだった。

 壁に埋め込まれたプレートには『舞曲運送第2倉庫』と刻まれている。

 それ以外は何もテナントというのはなく、5階全てが舞曲運送の物ってことだけは分かった。

 駐車場には運送用2tトラック、それから真っ黒な高級車がいくつか駐まっている。

 俺と黒野さんは車から降りて、ビルを見上げた。


「今のところ、円舞会から取引の詳細はきていません。何かトラブルが起きた可能性もある」


 助手席にいる鋸太さんは大きなタブレットの画面を見つめながら、静かに零す。


「美須会長、娘の為に乗り込むはずじゃなかったんですか? 何故、降りないんですか?」


 黒野さんは相手が誰であろうと容赦なく切り込んでいく。


「いきなり私が入っては、色々と不都合が出てしまう。まずは君達だけで乗り込んでほしい」

「私達にニアを救助させて、町から逃げるつもりで?」

「いえ、応援を要請しなければいけませんので、少し時間がかかりますから、その間だけお願いします」

「ちょっと!」


 有無も言わさず、シーマが走り去ってしまう。


「何なのよアイツ」

「く、黒野さん、今はとにかく美須さんを助けよう」

「分かってるわよ」


 大きく息を吐いた黒野さんはビルを睨み、拳を強く握りしめる。

 よし、待ってて美須さん!

 俺はビルの扉に手を伸ばした。

 引いてみると、呆気なく開く。

 鍵、かけてないんだ……不用心だな。

 中には上の階に行ける階段と、1階のオフィス。

 1階のオフィスは扉全開で、空っぽだ。


「いないみたいだね、2階に」

「あ、あぁああああ!!」


 階段の上から響き渡る男の驚き声に、俺が驚いてしまった。

 反射的に近くの物を掴んでしまう。

 や、柔らかい、それでいて少し硬め? しなやかな感じ、この触り具合は……、


「切原! くっつくな!!」


 俺の顎に、黒野さんの掌がっ!!

 グレーの天井を強引に見せられ、俺は喋りにくいながらも黒野さんに謝る。


「ご、ごめ、ぅ」

「っ、こんなことしてる場合じゃない、ほら、あっちから来る! この私を気絶させたこと、切原を傷つけたこと、ニアを誘拐したこと全部全部、何億倍にして返してやるわよ!!」

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