第35話 車内にて
「何をやってるんです?! 彼は無関係でしょう、堅気に手を出すなんて!!」
「あああぁやっと帰ってきたんだね荒川君」
「
「彼はもう無関係じゃない、円舞会と美須家の繋がりを知ってしまったんだよ。円のようにね」
「円お嬢さんも、彼も知らないはずです」
「いいや、円はあの時私達の会話を盗み聞きしていた。君だって気付いていただろ?」
「解放しましょう、今ならまだ引き返せますから」
「荒川君…………
「
「ただの運送屋として荷物運んでりゃ堅気と? 何年経とうが、お前も私も円舞会の血が染み込んでる親子。秘密を知った者は誰であろうと消すんだよ、さぁお前の手でこいつを殺せ!」
「…………」
目まぐるしいほどフル回転した頭の中。あんなにゆったりした3拍子のワルツが止まない。
必死に喉を裂く勢いで叫んだ。
「あぁあああああぁ!!!!」
目の前を掴んだ。
うまく認識できなくて、いつものように左腕を回す。
後頭部を右腕で固定させ、左腕で一気に圧迫させた。
「ひぐぅ!!?」
カシャン、と金具が落ちた地面に目がいく。
木目調の持ち手は光沢のある塗装や金の装飾が施され、日本刀のように眩しい刃が剥き出しとなったカッターナイフ。
美須さんの……大切な、おじいちゃんから貰った美須さんの宝物。
「切原永利!!!!」
「うぁあっ?!」
鼓膜がビリビリと震えるほどの怒声に、全身が震えてしまい、腕の力が緩む。
するりと腕の中を抜けた誰かと、俺の腕を必死に掴んで睨む誰か。
帽子を深く被り、奥で鋭く目を光らせている……配達員、荒川さん。
汗だくで、どこか焦りを隠している呼吸のまま俺を見下ろしている。
「来い!!」
「え、あっ、まっ!」
シャツを引っ張られる俺は慌ててカッターナイフを拾う。
トラックの助手席へ強引に押し込まれ、勢いよく扉を閉められてしまう。
鼻が痺れるように痛い……指で触れてみると、強めの静電気が起きた時みたいにビクッとなった。
指の腹についた血に、うわ、と声が出る。
サイドミラーを覗き込めば顔中が青紫になっていて、擦り傷もあるし、鼻筋がぱっくり、横に鋭利な物で切られていた。
「うぁ……」
見なきゃよかった。
大音量で車内に流れていた『ドナウ川のさざなみ』が終わってしまい、心が少し落ち着く。
ワルツの中でもたくさん聴いた曲なのに、さっきの……なんだったんだろう。
大きな音を立てながら運転席の乗り込んできた荒川さんに、俺はビクッと跳ねて背筋を伸ばす。
「あ、あの」
帽子を深くかぶり直した荒川さんは何も言わない。
トラックを動かし、アクセル全開で舞曲運送から出ていく。
荒川さんはずっと流れていたワルツを消して、無音が続く。
「切原永利!!」
「はぃ!」
鼓膜が破れるのかと思うぐらいの大音声にまた俺は驚いてしまう。
「何度も何度も忠告したはずだ!! 何故、ここに来た⁉」
時折横目で俺を睨む荒川さんの怒鳴り声。
怖い、黒野さんも怖いけどそれ以上、傷に響くぐらい。
それでも、黙ってたらいけない気がして、俺は震えながら答えた。
「だ、だ……だって、美須さんが誘拐されたから」
「美須ニアに手を出さんと言ったはずだ! 彼女はあくまでも取引材料、怪我などさせん、だからお前は家に帰れ!!」
「イヤだ、美須さんを助けるまで帰れない!」
「帰れ! 送る!!」
「嫌です! 降ろしてください!!」
「なんて、頑固な奴だ」
荒川さんは帽子越しに頭を抱えている。
「いいか、首を突っ込めばお前の母親にも危害が及ぶ。社長が気を失っている間に遠くへ逃げろ! 学校も、今までの交友関係も全て捨てろ!!」
母さんに、危害が? そ、そこまで考えてなかった。
でも、だからって美須さんとせっかく友達になれたのに、助けられないなんてそんなの酷すぎる。
社長が、気を失っている?
「社長が? どうしてですか?」
「……お前が後ろから締めていただろう! 覚えていないのか?」
「えっ?!」
「立ち上がったかと思えばいきなり叫んでいた」
「えと、頭の中がぐるぐる音楽が流れていて、凄く苦しかったぐらいしか……」
赤信号に反応して停車したトラックは強めにブレーキを踏んだせいで、俺は前のめりになり、ダッシュボードに手をついてしまう。
荒川さんは俺を険しく睨んでいる。
冷たさはない、どこか呆然と大きく目を開けて、戸惑う俺を映す……――。
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