第34話 俺の頭の中

「組員の遺体だけは見つからなかったんだ。不思議な話だね」


 社長は……痛すぎて喋れない俺を屈んで見下ろし、美須さんの大事な御守り、カッターナイフをカチカチと鳴らす。

 日本刀のような刃が更に剥き出しになる。

 微笑んでいる表情がどこか不気味で冷たく、全身の血の気が下がったんじゃないか、そう思えた。


「円舞会の組員が殺害したんじゃないかって因縁つけてきてね、鋸太君が突然、証拠は揃っている、と」


 鋭い刃先が、俺の鼻先に近づいてきた。


「ッ……!」


 少しでも動いたら鼻が切れる……。


「だからって美須家も暴力団との関係は潔白だと言えないからねぇ、警察に言わない代わりにこれまでの関係を切るって言われたんだよ。美須家からは多額の援助を頂いていた……分かるよね? 永利君」


 笑顔のお面をかぶっているような社長の表情が迫ってくる。

 ピリピリ、と痺れてくる感覚に、呼吸さえ苦しくなってきた。


「荒川君は裏で何かをした可能性もある。心中したと私は信じているんだけど、どうしてか不思議な部分もある。もしかしたら君が取引材料になっているのか?」


 俺が取引材料?


「あ、あの人……」


 震える喉でなんとか、声を出した。


「何かな?」

「と……とう、さん?」


 社長は目を細める。


「荒川君に訊いてみなよ。でも、訊けたらいいねぇ」


 皺ができるぐらい笑みを浮かべた社長の右手が、下がっていく。

 ピッ、と何かが裂けるような感触が……。

 鼻全体がピリピリと痺れる様。




 ほぼ同時に、路面を抉るほどの摩擦音が舞曲運送に響き渡った。

 社長は手を止めて、立ち上がっている。

 眩しい真っ白なライトが俺と社長を照らし、瞼が自然と閉じてしまう。

 扉が勢いよく開く音……。

 漏れるのは哀愁漂い、どこか暗い感じに始まる曲、ヨシフ・イヴァノヴィチの『ドナウ川のさざなみ』だった。

 脳内でぐるぐると、回転を起こす。

 目まぐるしいほど聴こえてる数々のワルツが……繰り返される。

 無限に、無限に、頭の中を支配するぐらいワルツが流れてきた。




 それが合図となって、両手足の指先がピクリと動く……――。

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