第32話 先輩の頭の中

 去年の春。

 祖父の会社へ遊びに行ったあと、帰りに忘れ物をしたことに気付き、取りに戻ったことがあった。


会長おやじ、美須家が援助を切るって言ったんですか?』


 扉越しに間違いなくおじさんの声が聞こえた。

 息を殺して壁に隠れた。

 美須家といえば経営から芸能と幅広い活躍をしている一族の名前。

 町の運送会社と何の関係が? スポンサー?


『鋸太から直接連絡がきた……うちの組員が美須家の長女さんを殺害したんだと、証拠もあると抜かしてるらしいが、確か心中だろう?』

『はい、大刀はもちろん、警察にも確認してもらっています』


 祖父の声も聞こえた。

 組員? 心中? どういうこと。

 おじさんが祖父のことを『オヤジ』と呼ぶなんて違和感がある。


『援助を切る代わりに黙っておいてやると、はぁ、どうするか。こんなちっぽけな会社じゃ資金集めもままならん。黒野になんて言えば……』

会長おやじ、俺に任せてください』

『すまんね……苦労をかけるな、荒川君。君はやっぱり自慢の子だよ』

会長おやじのいる円舞会が、俺の居場所です。その為ならなんだってやります』


 円舞会、両親が恨めしく言っていた名前を思い出してしまう。

 私達の生活を滅茶苦茶にした。

 最期の最期まで、父は恨んでいた。

 何をしたのか……何をするのか。

 クラスメイトの避ける音や冷たい目線を脳細胞の奥に隠しこんでいたのに、最悪。

 駄目、耳を隠さないと、音で掻き消さないと……モタナイ。




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