第31話 円舞会のメンバー

 地面へ傾いていく背中。


「黒野さん⁉」


 咄嗟に手を伸ばそうとした。けど、その前に首の後ろを掴まれて勝手につま先立ちになる。

 黒野さんはグレーの作業着を着た渋いおじさんに受け止められる。

 バチバチと火花を散らした小さな機械を持っているのは、ぼさぼさ頭で眠たげな目をした20代前半くらいのお兄さん。

 どこかで見たことがあるような……。


「永利さん、何度も忠告したでしょ、手紙も読みました?」

「か、紙袋を、くれた、お兄さん⁉」

「正解、そんでそっちは永利さんに締め技かけられた人」


 渋いおじさんは苦い笑みを浮かべて、首に手を添えた。


「恥ずかしいこと思い出させるなよ。ごめんな坊ちゃん、手荒な真似はしたくないけど、しょうがないんだ」

「く、黒野さん!」


 気を失っているのか、黒野さんは返事をしてくれない。 

 振りほどこうと体を動かしても、がっちり後襟を掴まれてまともに動けない……。

 後ろから野太い声が聞こえた。


「暴れんなガキんちょ、学校まで送り返しやるから大人しくしろ」


 どうしたらいいのか分からず、ビクビク震える喉を動かす。


「み、美須さんをどこにやったんですか! 彼女はなにも悪い事なんてしてない!!」


 運送会社に俺の声が響く。 


「そうだよ、なーんも悪くない。ニアお嬢さんは可哀想な被害者なんだ」


 両手を腰に回し、スーツ姿で、白髪で白い口ひげ、少し猫背気味のおじいさんが足音も鳴らさず近づいてきた。

 舞曲運送の社長……円先輩の祖父、そして円舞会の会長さん……。


「離してあげな。黒野の子も」


 社長の一声で簡単に解放され、渋いおじさんはまだ気を失っている黒野さんを俺へ。

 社長を囲むように、みんなが集まる。


「友達思いだね、永利君も黒野の子も。でも心配いらない、大刀と私は親友だ、だからニアお嬢さんに危害なんて加えないよ」

「……み、美須さんはどこにいるんですか」


 社長は表情を一切変えず、真顔で俺を見つめてくる。

 それだけで喉が震え、全身が今にも崩れ落ちそう。

 町の片隅、静かな運送会社に入ってきた真っ黒な高級車、シーマ。

 薄暗いライトをつけ、社長達の近くに停車した。


「神田君」

「……へ?」


 神田、という名前に聞き覚えがありすぎる。

 シーマの運転席から降りてきたのは、オーダーメイドのスーツを着た白髪交じりのおじいさん。

 美須家の、美須さんの送り迎えをしているはずの神田さんが……。


「はい、会長、ただいま戻りました。ニア様は後ろで眠っております」

「か、かん、か」


 詰まりすぎて言葉がうまく出てこない。


「例の物は?」

「それがニア様のカバンやポケットを調べたのですが見当たらず、もしかすると途中で落とされたのかもしれません」

「そうかそうか、仕方ない。あとで探すとして、神田君、彼らを学校に送ってやってくれ」

「かしこまりました。ニア様をよろしくお願いいたします」


 後部座席を開けて、ガタイのいいお兄さんが手を伸ばす。

 眠っている様子の美須さんが……。


「み、美須さん!」

「永利君、ニアお嬢さんはあくまでも取引材料、取引が終わり次第ちゃんと家に帰す。君達は大人しく陽の当たる場所で待っていてくれ」


 美須さんはちゃんと戻ってくる。

 本当かもしれないけど、もし帰ってこなかったら、俺……――。

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