第30話 社長
「ねぇ黒野さん!」
「何?!」
巡回しているパトカーの目をくぐり抜けて、舞曲運送の会社に向けて漕いでいる黒野さん、俺は後ろに跨っている。
「黒野さんと美須さんっていつから、その、仲良いのー?」
「はぁ? 中学の時から親戚と美須家に関わりがあって、食事会に招待された時に会った」
「それじゃあ黒野さんって結構いいとこの」
「もういいでしょ、終わり!」
会話をシャットアウトされてしまった。
触れられたくないことでもあるのかも、思い出せないな……。
人通りがまずない、町の片隅にある大きな交差点を曲がってすぐ角に舞曲運送と大きく書かれた看板と工場のような建物が見えた。
邪魔にならないところに自転車を寄せて駐め、黒野さんと俺は舞曲運送へ乗り込む。
今日はどこにもトラックがなく、みんな配達に行っているのか静かすぎて廃墟みたい。
「ニアに危害を加えるつもりはないのよね?」
「うん、そう言ってた。運転手の人が、いつも深く帽子をかぶってる人なんだけど、あと凄い声量なんだ」
鍔の奥で光る眼光が凍えるくらい鋭くて、背筋がぞわっとする。
あの人……まだ戻ってきてないみたいだ。
黒野さんは堂々と会社のガラス扉の取っ手を掴む。
「失礼します」
丁寧な口調で開けて入ると、奥のデスクでパソコンを眺めているおじいさんがいた。
スーツ姿で、白髪で、白い口ひげを生やしている。
少し猫背気味のおじいさんは俺達と目が合うと、立ち上がった。
「こんなところに学生さんなんて、道でも迷ったかい?」
黒野さんは静かに睨んでいる。
近づいてきたおじいさんは、俺をジッと細い目で見てくる。
怖くてつい黒野さんの背中に隠れてしまう。
「あぁ、アンタらこの前うちの社員と揉めていた子らか。すまんね、学生の子と喧嘩をするなんて教育がなっていなかった。きつく言っとくから、勘弁してやってくれませんか?」
つまり、この人は社長で、円先輩の祖父。
「別にいいです。あの、ここに友達が来てるはずなんですけど、ちょっと会社の中を見せてもらえます?」
腕を組み、黒野さんは社長に詰め寄っていく。
「友達? ここには誰も来てないよ。どうしても探したいなら、別にいいが、会社の備品には触らないようにね」
意外とあっさり……拍子抜けしてしまう。社長はまた奥のデスクに座ってパソコンと向かい合う。
「な、なんか大丈夫、かな」
事務所から出て、いつも大型トラックが駐車している奥に進む。
「本当にいないのかもしれない。けど、ハッタリもあり得る。探してみる価値はあるでしょ」
「う、うん」
美須さんが前に誘拐されていた部屋の扉に手を伸ばし、ドアノブを捻ると、難なく開いた。
薄暗い室内を覗いてみたが、誰もいない。
「本当に誰もいない」
「じゃあ美須さんは、まだ車の中とか? それか別のところに?」
「別の場所……あぁもう、さっさと蹴り飛ばしたいのに!」
暴れたくてたまらない、といった感じにうずうずしている黒野さんは、唸っている。
ストレスでも溜まってるのかな。
「も、もう少し待ってみる? もしかしたらトラックが戻ってくるかも」
「そうね、どうせ自転車だと移動範囲も限られるし、待ち伏せしましょ」
一旦、舞曲運送から離れようと、黒野さんが扉を閉めた瞬間だった……――。
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