第29話 頼もしい黒野さん

『切原ぁ! そっちから電話かけといて無視とか何なのよ?!』

「ご、ごご、ごめんなさいぃ!」


 スマホ越しから恐怖を浴びせてくる黒野さんの低めボイスに、俺はとにかく謝った。


『でっ! なに!』


 圧が凄い。


「み、美須さん! 美須さんが、多分、また誘拐されたかも!」

『は? なんでよ!? 迎えは?』

「わ、分からない。美須さんの大切な御守りが廊下に落ちてたんだ」

『……今すぐそっちに行く。切原は学校中全部探して』

「わかった!」


 通話を終え、とにかく校内を探し回る。

 美須さんの御守りでもある世界で1つしかないカッターナイフを握りしめ、色んな教室からトイレ、更衣室、廊下、グラウンド、駐輪場。

 美須さんの姿は、どこにもない。

 校舎の外を巡回しているパトカーが目に付いて、思わず駆け寄って助けを求めたくなる喉を手で押さえる。

 どうして警察を頼っちゃいけないの? 意味が分からない。

 誘拐する側だけじゃなく狙われている美須家まで。

 美須さんがどうして巻き込まれなきゃいけないんだ。

 俺が、美須さんを守る? 正義のヒーローじゃないのに、もう高校生だっていうのに幼児みたい。

 暗闇で繰り返し観ていた特撮ヒーローの動画が頭の中に浮かぶ。

 園児の時、モールで見た特撮ヒーローショー。

 最前列にいた俺は悪役に連れ去られた。

 その隣にいた子も同じく、女の子で……。


「切原!」


 自転車のブレーキ音とタイヤの摩擦音が霞むなにかを掻き消してしまう。


「黒野さん!」

「ニアは?」

「いなかった、やっぱり、うぁ⁉」


 襟を掴まれて、思い切り睨まれる。

 今にも拳が飛んできそうで反射的に目を閉じてしまう。

 5秒間の唸り声、それから溜め息。

 襟が軽くなり、恐る恐る目を開けた。

 黒野さんの逞しい雰囲気漂う背中が映る。


「さっさと例のアジトに乗り込むわよ!!」

「う、うん」


 頼もしい黒野さんの恐怖など物ともしない、正義感溢れる言葉と決断力。

 俺は後ろに跨り、前回同様、舞曲運送の会社を目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る