第27話 寸前とサプライズ

「あっ、美須さ、ん……」


 遠ざかっていく、美須さんの背中に俺の弱い声は届かず、北校舎に繋がる廊下の奥まで行ってしまう。

 えっと、怒ってた気がする。結構な大声で「絶対信じられない」って聞こえた。

 先輩に用があるって言ってたけど、先輩って、もしかして……。

 振り向けば音楽室、と隣接する扉が開いたままの準備室。円先輩と? なんか嫌な予感がする。

 というか、美須さんどこに行くつもりなんだろう、迎えの車は来るのかな、そのまま歩いて帰るのは危険だ。

 円先輩に訳を言って、美須さんを追いかけないと。


「やぁ、切原君。先輩の呼び出しにたいして随分とゆっくりじゃないか」


 開いたままの準備室から顔をだした円先輩。凛と背筋を伸ばし、姿勢よく、髪はゆるく自然とカーブしたミディアムヘア。意味深さがあるように微笑んでいる。


「す、すみません、あのー円先輩」

「さすがに美須家の子が感情のまま外に出ていかないよ、ちゃんと迎えにきてもらいなさいって伝えたし、大丈夫。それに切原君、君にも話したいことがあるんだ」

「でも、ちょっと心配で」


 黒野さんも帰っちゃったから、なおさら1人にできない。


「まぁまぁ、さすがに学校の近くで誘拐だなんてそう簡単にできない。警察が最近うろつくようになったからね、下手なことはできないよ」

「う、うーん」


 円先輩の言葉を信じてもいいのかなぁ、円舞会と繋がりもあるわけだし……あのトラックの運転手とだって。あの人、妙に気になる。


「切原君、早く中に入ってくれない? こっちも時間ないんだから」


 円先輩はスマホの時計を眺めながら、少し棘があるような口調で急かしてきた。

 う……その言い方、大声で怒るのと同じぐらい苦手。


「わ、わかりました」


 恐る恐る準備室に入る。

 壁際にある棚には楽器がたくさん保管されていて、楽譜類の書類がファイル別に並ぶ。

 赤茶に光沢したエレキギターが裸のままソファに立てかけられて、軽音楽部かな。

 中央には正方形のテーブルとパイプ椅子が四脚。


「ま、座ってよ」

「は、はい」


 円先輩と向かい合うように座る。なんだか面接みたいで落ち着かない。猫背気味に、目線は下に、時々室内を目で追う。円先輩の後方には窓や音楽室に繋がる扉がある。


「さっき美須家の子に話したのはね、おじいちゃんと、美須家の関係について。あのカラオケの後にふと思い出したんだよ」

「は、はぁ?」

「あっ、しまった。君に教えたらおじさんがうるさいから、隅っこに置いといて」


 そんな無茶な! めっちゃ気になるんですけど!!


「距離感って大事だって話は前にしたと思う」

「はい……」

「親族が反社の人だった、なんて知ったら、皆に知られたら君どうする?」


 突拍子のない質問に、俺は返答に迷ってしまう。

 そんなの考えたことないし、正直うちにはあんまり関係がないというか、今や切原家には警察関係者が片足突っ込んできているわけだから……どうなんだろう。

 まぁ、でも円先輩は実際そうなんだろうな、多分。


「えーと、肩身がせまそうで、周りとも距離、置くかも、しれません、とか?」


 円先輩は鼻で笑っている。


「まぁそうなるよね。一歩間違えたら、再起不能なくらい追い込まれて、住む場所どころか、衣食すらままならない状況になる。だからさ、切原君のお母さんは敏感なんじゃない?」

「……え」


『永利、黒服の人を見つけたらすぐに離れなさい。それで私に連絡しなさい』


 母さんの焦ったような口調と、不安げな表情が浮かび上がる。

 え、ただ単に心配しているわけじゃないの?

 それって、つまり、切原家にそういう人がいるってこと? それとも、それとも……?

 視界がぐらついてきた。

 思考がうまく、まわらない。

 どうしたらいいか分からなくなって、俺は目線を上げて、円先輩の顔を焦りながら視界に映した。

 

「円せんぱっ」


 同時に、窓に凍てつくような眼差しを持った、緑のキャップ帽子を深く被っている……人が、いる!?


「うぁあぁああ!?」


 パイプ椅子が、ひっくり返り、俺は叫んだまま背中から転んでしまった。


「えっ、うわっ! おじさん、キモい……」

『円お嬢さん!!』


 窓がビリビリと割れてしまいそうなほど低音が響いている。

 腰が抜けて立つことが、できないぃ……。

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