第26話 不穏な騒ぎ
放課後になって、
「私ちょっと先輩に用事があるから行くねっ」
「私も、今日は家の用事がある」
クラスの陽キャ部類に入る奴らに声をかけ、教室から出ていったのは、美須さん。早足で教室を出る黒野さんも。
家の用事って、黒野さんの家族ってどんな感じなんだろう。全く彼女ことを知らない。覚えてないって言ったら怒るんだろうなぁ。
今度美須さんに色々訊いてみよう……。
さぁ早く準備室に行かないと、呼び出すだなんて、カラオケで話した内容の続きかもしれない。俺も、ちょっと気になることがあるし……。
席を立ち、忘れ物がないようチェックをしてから鞄を肩にかけて、いざ準備室へ。
東校舎に繋がる廊下を、窓の外を見下ろしながら進んでいくと、裏門の駐輪場にいる黒野さんを発見。自転車を取り出している最中だ。
慌てる素振りもなく、落ち着いた表情が目に入り、いつもの睨み顔とはかけ離れていて綺麗に思えた。
俺、小さい時になにかしたのかな……。
裏門から出ようとハンドルを押して歩く黒野さんが突然立ち止まった。
少し目線を先に向ければ、うんざりするほど見たことがある黒いベンツ。
「え」
皮膚と血管がぞわりと這いずりまわるような気持ち悪さに背筋が伸びて、思わず俺は窓に張り付いてしまう。
ど、どうしよう、あのベンツって絶対円舞会だよ。でも、美須さんはまだ校舎にいるだろうし、最近噂になってるから近寄れなさそうだし……黒野さんを狙ってる、とか? ま、まずい、いくら黒野さんでも、いや、黒野さんなら一蹴しそう。
ベンツから誰も降りてこない。
背中しか見えないけど、黒野さんはジッと車を睨んでいるのに違いない。俺を睨む時みたいに……ってダメだ! ちょっと円先輩を待たせるけど、助けなきゃ!!
とにかく昇降口に急ごう。
階段を下りて、中靴のまま外に出る。裏門に続く通路まで猛ダッシュ。
自転車を押して帰ろうとしている他の生徒を避けながら走り、滑り込む勢いで左足を伸ばした。地面と擦れるような感じがして、靴底が熱くなる。
「く、黒野さんっ!」
ほぼ同時にベンツからドロドロといった排気音が響き、ゆっくり発進してしまう。
黒野さんは、いる! よかった……何もなかったみたい。
「切原? なに、わざわざ走ってきたの?」
振り向いた黒野さんは、呼吸を整えている俺に眉を顰めている。
「あ、う……うん、まぁ、うん」
「何もない、窓がスモークでよく分からなかったけど、少しだけ停まってまたすぐにどこかに行ったわ」
「そ、そう、うん、よか、った」
ぜぇー、ぜぇー、とジョギングの成果もなく息が乱れてしまう。
「息上げてわざわざ走ってくるなんて、大袈裟すぎ」
「う……」
呆れられている。そりゃ、ちょっとは黒野さんなら大丈夫かなって思ったよ! でもでも、やっぱり心配じゃん!! なんか俺だけ突っ走って馬鹿みたいじゃんか。
黒野さんはそんな俺を見て小さく笑う。
「相変わらずね。ま、ありがとう」
「!?」
ありがとう……ありがとう……何度も心臓が潤うような言葉が脳内に繰り返される。
余裕がある感じに微笑んで、用事があるから、と自転車を押して裏門から出て、自慢の脚で自転車に跨り漕いでいく。
いっつも睨んでくるのに、たまにこう、笑うから……心臓が跳ねて、どこかに飛んでいきそうになる。
でも心配だな、円舞会の人達がまた何かをしてこないといいけど。
俺は急いで東校舎にある音楽準備室へ小走りで向かった。
階段を上がり、3階に到着するころには足がガクガク震えてしまう。
本当に俺って貧弱だなぁ……。
『そんなの絶対信じられない! もういいです!』
美須さん? なんか、怒ってる?
扉が勢いよく開いた音が聴こえたと思えば、廊下を叩く靴音が響いた。
長いサラサラのブロンドヘアを揺らしながら全速力で横切っていく美須さんが……――。
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