第23話 涙もろい?
「永利君?」
可愛いハッキリとした声に呼びかけられ、俺はハッと意識を戻す。
「あ、ご、ごめん」
「……永利君、目が潤んでるけど、大丈夫?」
「えっ?!」
俺は慌ててウェットテッシュで目を擦る。
潤むなんて、思い出したくなかったことが頭に浮かび上がって、自然と目から涙が溢れるとは、改めて相当嫌な思い出だと認識してしまう。
「ごめん、なんか……出てきた。大丈夫だから、続けて、その、聞かせて」
ワックスで整えたマッシュショートが崩れるのも気にせず指先で髪を掻く。
美須さんに共感しちゃって涙が出たとは、どうしても言えなかった。
少し不思議そうに傾げた美須さん。
「えーと、うん、おじいちゃんが突然いなくなった時はホントにいきなり過ぎて感情ぐちゃぐちゃだったんだけど……」
美須さんは大切なカッターナイフにブラウンの大きな瞳を向けて細める。
「持ってるだけでおじいちゃんがいつも励ましてくれてるような感じがする。おじいちゃんが教えてくれた工作だって続けたい。それに、私もドシッとしてなきゃ」
柔らかい表情でくしゃっと笑う美須さんに、俺の心臓が大きく跳ねた。
だけど、眉は少し困った感じに下がる。
「美須家の人間だから」
その一言と表情が語っているような気がした。
美須家がセレブ一家として有名なのはこの町どころか県外まで知れ渡っていること。外に興味がない俺でさえ、なんとなく知っている。
彼女は、俺では知りようがない世界を生きなきゃいけない。
「髪型変えて、服も変えて、メイクもして、明るいキャラ。大切なお守りには不釣り合いでしょ? これが私の秘密! ほら、永利君の番!」
いつもの明るい笑顔で、俺の秘密を待つ。
「……俺が小さい時、多分3才ぐらい、その時に両親が離婚して、顔すら覚えてない父さんが置いていったCDがあった。それが……そのぉ、えと」
ワルツ、息を多めに吐き出しながら零した。
「ワルツ、ワルツって社交ダンスとかに使う曲だよね?」
「うん……でも、母さんは凄く嫌がる。父さんに関わる物全て捨てられて、ワルツのCDだけはなんとか死守して、こっそり聴いてた」
学校で聴いて女子にドン引きされたことも、母さんが嫌がっても気にせず家で聴いたことも話した。
あのあと、誰も触れてこなくなった、ただジッと見てくるクラスメイトが怖くて注目されるのが嫌になったことも。
「それと、あの……格闘技のこと、だけど、俺、本当は動画でしか見たことなくて、特撮ヒーローとか小さい頃から好きで、ごめん、実際は格闘なんかしたことなかった」
ヒーローショーに何度も行ったことがある思い出は、たくさんある。
本物のヒーローが悪者から助けてくれた……はず。
頭に靄がかかったみたいに曖昧な記憶が、どうしてだろう。
黙り込む美須さんに、不安を覚えて、恐る恐る覗くように顔を向けてみる。
ブラウンの瞳が潤み、今にも泣きそうで表情を少し崩していた。
「み、美須さん?! どどどど、どうしたの!?」
「だ、だってぇ、そんなの耐えられないじゃんかぁ……」
「えぇ……ごめん。とりあえず涙、拭こう?」
俺は新品のウェットテッシュを美須さんに差し出す。
受け取った美須さんは封を開けて、目元にウェットテッシュを添える。
「ありがとー永利君」
意外と美須さん、涙もろい、のかな?
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