第21話 大事な話

 カラオケの一室、円先輩と運転手さんが嵐のような騒いで立ち去った後、俺の右側に座っている美須さんは、うーん、と唸っている。

 なんでもない、とか言ってたけど表情は曇り気味。

 こういう時、なんて声をかけたらいいんだろう……。

 大型のテレビから流れる曲の宣伝と歌手へのインタビュー映像の音声が小さいのによく聞こえてくる。

 美須さんは画材屋さんで購入した物が入っている封筒のような紙袋を抱えて、大きなブラウンの瞳を俺に向けた。


「永利君」

「う、うん?」

「ちゃんと友達になれたのに円舞会の人達に言われて、はいそうですか、って引けない」


 ジィっと、俺を見つめる瞳は強く、鼓動を速めるには十分すぎるぐらい近い。


「え、う、うん」

「だから永利君!」


 気合の入った声。座っているはずがジリジリと迫るような感じで、俺は身を反らしてしまう。

 そんな至近距離から見つめないで! なんか直視できない!


「もっともっと仲良くなりたいから、お互いの秘密、教え合いっこしよ!」


 紙袋を俺に突きつけて、フン、鼻息を出す美須さん。

 秘密って、もしかしてワルツを聴いていることを美須さんに教えるの?!

 いやいやいやいや、でも、美須さんの秘密も気になるような……。

 戸惑っていると、美須さんは紙袋の封を開けて、分厚い紙の束をテーブルに置く。木工用ボンドに、定規や工作マットも。

 そして最後に、美須さんの大事な大事なカッターナイフ。

 先端と後ろに金の装飾と、光沢のある木材が使われたグリップで、木の部分には『ニア・美須』と彫られている。

 刃は折れるタイプじゃなくて、銀みたいに眩しく光る刃はナイフというより、日本刀みたい。

 これが、友好の証なんだ……。

 どうしてカッターナイフを作ってもらったんだろう。


「ば、馬鹿にしないでね」


 自信なさげに美須さんの口から零れた言葉は、拍子抜けしたように緊張がほどけていく。


「うん、馬鹿なんかしない」

「このカッターナイフはね、おじいちゃんが私にプレゼントしてくれた大事な宝物。私が中学の時に心不全で亡くなったから、形見になっちゃった」

「……本当に大切な物だね」

「うん、で、見ての通り工作に使うの。えーと、ペーパークラフトとか」


 ペーパークラフト……名前の通り紙で物を作るってことぐらいしか知らない。


「中学卒業まで本当に友達がいなくて、服装とか髪型とか地味で、あんまり喋らなくて、おじいちゃんが教えてくれた図工ばかりしてたんだ」

「えっ? そう、なの?」


 全然信じられない、だってクラスで良く目立つし、俺みたいに隅っこにいるような人とは思えないぐらい、天と地ほどの差がある。

 美須さんは、小さく照れ笑う。


「そだよ、意外でしょ」

「うん、意外過ぎてビックリ……でも、どうして?」

「小学4年生の時に、おじいちゃんと一緒に作ってたペーパークラフトの飛行機が途中だったから、休憩時間に部品を組み立ててたの、そしたらいきなりクラスの子が来て、女の子が物作ってるとか変! って大声で言ったと思えば部品を奪ってみんなに見せびらかしたんだよ? 酷すぎて、悔しくて、泣きながら帰っちゃった」


 カッターナイフのグリップに手を伸ばした美須さんは、胸に寄せて大切に抱きしめる。


「そんな時におじいちゃんがこのカッターナイフをプレゼントしてくれたんだ。関係ないよ大丈夫って励ましてくれた。でも、もう学校じゃみんなクスクス笑うから、誰にも知られたくないから、ずっと黙ってた」


 俺の脳裏に小学校の思い出したくない記憶が蘇ってしまう……――。

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