第20話 運転手の警告
カラオケの部屋が凍りつくような空間が広がった、気がする。
ソファの真ん中に座らされている俺は、両サイドにいる女子に挟まれて身動きがとれない。
右を向けば美須さんが、黒のライダースジャケットを羽織って頭にセレブご用達のサングラスをかけて、小動物みたいに唸っている。
左を向けば、凛と背筋を伸ばして冷たい表情で美須さんを睨む、ヘッドフォンを首にかけている円先輩。
「なんで、先輩には関係ないですよねっ!」
円先輩の直球に噛みついた美須さん。
「まぁ私は、ないけどさ」
目を細めた円先輩の意味深い口調に、美須さんは口をぱかぱかと開閉している。
ケンカを吹っ掛けられているような感じに、美須さんは怒りに手を震わせて俺の袖を掴む。
「毎度橋渡し役は嫌ってこと。円舞会は切原君が邪魔なの」
「邪魔……ですか。は、橋渡し役?」
円先輩は鼻で笑い、グラスに入ったアイスティーを口に含ませた。
「学生証にしろ、札束にしろ、ミニケーキしろ、あのギフトカードにしろ、無関係なのにねぇ……あら」
「失礼するぅ!!」
「うぁうあうあ⁉」
「ひゃあ?!」
突然、扉が開いたのと同時にビリビリと響き渡る大声。
俺と美須さんは同時に驚いた声を出してしまい、腕は右側に動いた。
硬めの生地に手が触れ、前には柔らかい感触と良い香りに包まれる。
反対に、脇腹に細い腕が差し込まれ、背中に指先が絡み、布に皺が集まるぐらい掴まれてしまう。
ただ、今の俺は冷えた雰囲気を漂わせる存在に目を奪われて確認のしようがなかった。
カラオケ店の制服とエプロン姿だけど、何故か緑のキャップ帽子を深く被っている男性は鍔の奥に光る眼光で俺達を睨んでいる。
やや細身だけど筋肉質……ただならぬ雰囲気を醸すこの人は……。
「ご注文の品を持ってきたぞ!!」
なんで狭い部屋でそんな声を張り上げるの? あぁでも聞いたことがあるこの声は、間違いなく舞曲運送の運転手だ。
そして、俺達は何も注文なんかしてないですよ。
トレイに乗せているのは大量のフライドポテトと小皿に盛り付けられたケチャップ。
円先輩はどこか可笑しそうに口を歪めて、微笑んでいる。
1歩も動かず、扉の近くでジッと立ち止まる運転手。
特に俺を睨んでいるようにも見えて、背がどんどん丸まってしまう。
「…………男女が抱き合うとは、不純異性交遊以外の何物でもない! 今すぐ離れろ!!」
鼓膜にビリビリと響く。
運転手の一言で、我に返った。
正面に顔を戻すと、目の前には美須さんの驚いた表情が……しかも、柔らかいと思っていたこの感触は紛れもなく、美須さんの……膨らみ。
「わ、あわぁごめんなさいぃ!」
抱き合っていることにようやく気付いて、俺は急いで両手を離した。
美須さんの腕もそっと離れていき、今度は運転手に噛みつく。
「そっちがビックリさせたからじゃない! ていうかおじさん誰!? どうして私のことを知ってるの!?」
「舞曲運送、ということだけ言っておこう。美須家、現当主の美須鋸太に伝えろ、早急に応じなければこちらも最終手段を取らせてもらうとなぁ!! それとお嬢さん! 話がある」
鍔をしっかり掴んで、ぐりぐりと深く被る運転手は、円先輩を手招いて扉の外へ行ってしまう。
「やれやれ、大事な話が途中で終わっちゃったけど仕方ないね。それじゃ切原君、美須家の人、おじさんの警告しっかり聞いてね」
グラスを置いて、円先輩は軽く手を振りながら出て行った……――。
「うぅ……嫌な先輩、嫌なおじさん……あいつら絶対円舞会の人だよ!」
「う、うん、そうみたいだね」
おじさん、か、円先輩が前に言ってたジャズワルツの?
そういえば、トラックからジャズワルツが流れてたのを思い出す。
円舞会の、ということは円先輩は身内ってこと?
美須さんは浮かない表情で、唇を尖らせた。
「美須さん?」
「なんでもないっ、なんでも……」
なんでもあるような弱気な呟きが返ってきた……――。
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