第18話 密室探し

 ワルツのリズムに両耳が満たされるなか、公園内をジョギング中。

 が、10分も経たないうちに俺の両脚は休憩を求める。

 はぁ……体力がなさすぎて凹む……。

 ちょっとベンチで休もう。

 家族連れの人が少しいるだけで、静かな公園は広く、運動コースの歩道が陸上のトラックみたいに芝生を囲う。

 真ん中に遊具はあるけど、誰も使ってない。

 シートを敷いてランチを楽しんでいる様子がベンチから見える。

 両親に見守られながらおにぎりを頬張る2人の園児か小学生低学年ぐらいの子供。


「……」


 父さんってどんな人なんだろう……。

 ワルツを聴くぐらいだから静かな人なのかな。今頃どこで何をしているのか、知りようもない。

 母さんには、絶対訊けないしなぁ。

 穏やかな曲が流れるなか、ぼんやりと考えていると、上下に揺らしながら視界を遮る麦わら帽子がちらついた。

 上品で高貴な感じがするツバの広い麦わら帽子だ。

 俺はワイヤレスイヤホンを外して、麦わら帽子の持ち主を探す。


「ハーイ、sup?」


 海外セレブが使っているのとよく似たサングラスをかけた女の子が軽い感じに何やら挨拶? をしてくれた。

 真っ直ぐに伸ばしたさらさらな長いブロンドヘアと、黒いライダースーツを羽織って、インナーも、細身スタイルのパンツも黒で統一している。


「え……」


 だ、誰ぇええ?!


「私、わ、た、し、ニアだよー」


 サングラスを指先で上にずらして露わになったのは大きなブラウンの瞳と目元のくぼみ。


「な、なんだ……美須さ、ん?! なんでこんなところに!?」

「そんな驚くかなぁ、買い物帰りの途中で永利君を見かけたから、神田さんにここで降ろしてもらったの。それと、私のパパと話したんでしょ?」

「う、うん、色々」

「ごめんね、いきなり変なこと言ってたでしょ? テキトーに聞き流しといてね」


 まぁ、変なことも言ってたけど、美須さんの環境を少しだけ知れたような気もしたから、聞けて良かったと思う。

 美須さんは俺の隣に座って、重そうな紙包装された物を持っている。紙の隅下には画材店の名前が印字されていた。

 何か描いたり、作ったりしてるのかな……。


「永利君は休みなのに、体を鍛えているなんてさすが格闘を学んでるだけあるね!」

「う……うん」


 すごい、目を輝かせてる。

 前のめり気味な美須さんの顔が近く、心地よさを奪うほど心臓が痛がってしまい俺は反射的に目を逸らして、背中も少し反らしてしまう。


「あーでも、パパが言ったこと本気にしなくていいから。永利君、あの円舞会って人達と関わりないでしょ?」

「うん、ないよ全く。それに、初めて知ったし」

「だよね、なのに永利君がいれば襲わないなんてそんなの有り得ないもん」


 そう、だよなぁ。なんで俺がいれば問題ないのか分からない。

 しかもここ公園は人が疎らで静かだし、ああいう人達なら誘拐も慣れているだろうから何事もなく連れ去りそう……。

 遠くの芝生にいる夫婦に目を向けると、何やら訝し気にどこかを見ている。

 数メートル離れた先、夫婦の目線を追うと、明らかに目立つハリボテのような茂みがあった。

 よく目立つ黒い服、サングラスが日光に当たって輝いている。

 古典的な隠れ方に、なんとも言えない気持ちになる。


「美須さん、あの人達……」


 美須さんは俺が指す先をジッと見つめ、少し眉を顰めながら艶やかな赤リップを尖らす。


「早く行こ」


 そう言って美須さんは俺の手首に触れた。

 温もりのある指先が絡まってるぅ!!


「う、うん」


 あくまで自然に、気付いたんじゃなくて、次のところへ行くって感じで歩かなきゃ……振り返らない、とにかく一緒に。


「そだ、せっかくだし、このまま家においでよ」

「美須さんの家に!?」


 今平然を装おうとしているのになんで躊躇なく家に招待するんだ? 美須家のご自宅に入るとか、俺、前世で英雄になったの?


「い……い、や、さすがにいきなり家は……」

「えぇダメなの? うーん、それなら永利君の家に行っていい? 2人きりになれる方が色々話せるでしょ」

「ふたっ!」


 2人きりになれるところをご所望ですか!?

 焦るな俺、だって美須さんだよ、俺なんかに好意を抱くなんて、そんなの、多分ない!


「うぅー、か、カラオケとかは?」

「カラオケ! 行きたい行きたい、ヨーちゃん嫌がって連れて行ってくれなくて、他の友達とも行ったことないんだよね。行ってみたい!」


 ブラウンの瞳がより一層輝き、俺の右腕に飛び跳ねるように抱き着いてきた!


「だ、ぁ、美須さんっ! なぁっ」


 なんで腕を組むのぉおお?! 柔らかい物が当たってますけどぉ?!






 ……――――。




「……荒川のアニキ、あの2人デキてますよ」

『……』

「腕組んで楽しそうに至近距離で見つめ合って公園から出ていきました」

『……』

「アニキ?」

『下がっていろ。俺が直々に行く。行先は?』

「え? ですがアニキ」

『構わん、手を出せんのではどうすることもできん。俺が話をしよう』

「は、はい。どうやら2人きりになれる場所を探しているようで、カラオケがどうとか」

『2人きりだと? 若い2人が密室で、何も起きないはずが……ないっ!!』

「は、はぁ」

『今すぐ追う! いいか、俺が行く予定の配達ルートを頼むぞ!!』

「えっ? ちょ、アニキ、荒川のアニキ……あぁ通話が、切れた」





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