第17話 美須家

 どうしてこうなったんだろう……運転席には白髪交じりの神田さん。

 後部座席には、鞄を胸に抱える俺と、紺のオーダーメイドスーツを身に纏う男性。その人は車内の天井に頭が触れそうなほど背が高い。

 重い沈黙が長すぎて気持ち悪くなってきた。

 薄暗い車窓から流れる景色を眺めて気を紛らわせてみるけど、意味はない。

 どこへ連れていかれるんだろう、何を訊かれるんだろう、神田さんが普通に運転しているところを見ると、美須家の人ってことだけは分かる。

 もしかして、美須さんのお父さん、なのかな。


「切原永利君」


 重い口がようやく開き、抑えのきいた声で俺の名前を呼ぶ。


「は、はぃ」


 勝手に背筋が伸びて、本革シートに凭れることもできずに真っ直ぐになる。


「申し遅れたが私は美須鋸太のこた、ニアの父親です。早速本題に入りますね、君を円舞会との騒動に巻き込んで申し訳ありません」


 やっぱり美須さんのお父さんなんだ……。


「あ、いや、その」

「ニアに訊いても言いたがらなかったもので、勝手に君のことを調べさせてもらいました」

「……えっ……」


 個人情報、だだ漏れ?

 どこからか取り出した両手で扱わないといけないサイズの電子パッドを起動させて、ジッと鋭く画面に目を通す。


「君のお母さんはバツイチで、現在は刑事課暴力団対策係の刑事と交際中。ヨーちゃんとは小さい頃から顔見知りだがあまり接点はなく、学校以外は家に引きこもっていた。成績は平平凡凡、音楽を聴くのが趣味、交友関係は極端に狭く、学校でも単独で過ごすことが多い、と……それから」

「も、もういいです! あってます!」


 読み上げられるのが滅茶苦茶恥ずかしくて、これ以上は今すぐ扉を開けて外に俺自身の体を放り投げたくなる。

 鋸太さんは、そうか、と小さく頷く。


「美須家と円舞会は深い繋がりがある為に警察ごとはどうしても避けたいのです」


 圧が頭から迫ってくる。鋸太さんは、俺をジッと見下ろして、少し間を空ける。


「ニアは護衛を嫌います。ですから、どうか側にいてやってくれませんか?」

「え……で、でも、俺そんな力……」

「力なんてなくても構わない。どうやら円舞会は、君には手出しできないようですので、解決できるよう対策は必ずします。それまでの間、どうかニアをよろしくお願いします」


 俺に、手出しができない? 円舞会と無関係の俺に?

 全く意味が分からないし、いまいち腑に落ちない。


「ど、どうして、ですかね」


 電子パッドをジッと睨んだ後、鋸太さんは目を細める。


「…………君が、大切な存在だってことですよ」


 意味が分からない答えを返されてしまった。


「神田さん、切原君の家まで送ってやってください」

「かしこまりました」



 家まで送られ、神田さんは運転席から降りて、わざわざ扉を開けてくれた。

 会釈しながら車から降りようとすれば、


「切原永利君」


 鋸太さんに呼び止められた。

 振り返れば、優しく俺を見つめている。


「ニアは明るいでしょう、ですが家では1人ぼっちです。姉は…………海外に留学しているものでなかなか会えないのです。ヨーちゃんのような親密に話せる友達が必要でね、もし、君が嫌でなければ、こんな形でなくとも友達として接してくれませんか? なに、勝手な願いなので無理強いはしません。それでは」


 友達……俺が、美須さんの友達になっていいんだろうか。

 お姉さんがいて、だけど離れ離れ、クラスじゃ明るい素振りしか見たことがないから、普段家でどう過ごしているのかなんて、誰も知らない、当然俺も。

 1人ぼっち……。

 俺が降りれば、神田さんは扉をゆっくり閉めた。


「切原様、この前は本当にありがとうございました。またよければニア様とお話してあげてください」


 会釈する神田さんに、俺も頭を下げる。

 走り去っていく高級車を見送り、円舞会について考えてしまう。

 なんで俺に、お詫びだと言って札束を渡してきたのか、今回は配慮した結果なのか謎の手紙と1万円分の音楽ギフトカード、それとミニケーキ(円先輩が持って行った)をくれた。

 関わるなっていう手紙、でも鋸太さんは美須さんの傍にいてやってくれって……一体俺はどうしたらいいんだろう……――。

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