第14話 またまたやってきた
結局円先輩にワルツのことを聞いてもらった。
謎が多くて質問させてくれない先輩だけど、ジャズワルツを聴いている人が俺のほかにいたことが嬉しくてたまらない。
あのミニケーキも美味しかったし、円先輩手作りのオムライスおにぎりまで堪能できるなんて、ここは天国かも?
足取りが軽い、教室まで飛べそうなぐらい最高に気分が良いなぁ。
「あ、この前のこと訊くの忘れてた」
休日に謎の組織に囲まれた時、あの声、円先輩だったと思うんだけど、『ドナウ川のさざ波』を流したのも……。
教室に入った途端、天国は地獄へ急降下してしまう。
みんなの視線が俺へ注がれている……そうだ、俺、美須さんの誘いを断って逃げ出したんだった。
うぅ、なんで俺に注目してんの、俺のことなんかどうでもいいじゃん。
美須さんと黒野さんは、窓際で特に顔色も変わった様子はなくにこやかに喋っている。
でも幸か不幸か誰も話しかけてこない。
どのみち不幸かも、はぁーさっさと帰りたい。
放課後になって、俺は誰よりも早く席から立ち上がって帰り支度をする。
「今日は神田さんが迎えに来る日だから、ごめんねー」
明るく、どこか申し訳なさそうに謝る美須さんは、鞄を肩にかけてバタバタと教室を小走りで進む。
サラサラのストレートブロンドヘアが流れるよう浮き、思わず俺は目で追ってしまう。
「永利君、また明日ね!」
「え、あ、ま、また」
美須さんがいなくなったタイミングで、クラスの皆の視線が俺へ注がれていく。
とにかく逃げたくて、早足で廊下に出た。
階段を下りて下駄箱へ。
片耳にワイヤレスイヤホンをつけて、早速プレイリストを選んで3拍子のリズムながらピアノの旋律が軽やかに、くるくる回りそうなワルツを流す。
よし、やっとワルツに浸れる……。
スニーカーに履き替えて、駐輪場の隅にある裏門へ続くやや狭い通路を歩く。
『んー、んーっ!』
「……え?」
イヤホンをつけていない耳に、くぐもった声が届く。
『んぐーっ! もがうぅあ!』
結構近い、どこから? 動物でもいるんだろうか。
キョロキョロと辺りを見回すと、駐輪場の端に置いてある掃除箱のロッカーが、軋んで動いている。
『ごあがあ、もがあぁ!』
え、こわ……誰か入ってる?!
俺は恐る恐るロッカーに近寄って、硬い取っ手を掴んで引いてみた。
「んががあぁー!」
「うぁうわぁあっ!?」
ロッカーからスーツ姿の男性が重力に逆らえないまま、俺の方へ向かって傾いてきた!
腰が抜けたかのような感じで座り込んでしまい、目の前で芋虫みたいにうねうね動く男性は、口と両手足を縛られて身動きがとれない状況。
「え、か、神田さん?!」
そうだ、この人は美須家の運転手、神田さん。
騒ぎになる前に、俺は急いで縛られている部分を外す。
「ぷぁっ! も、ももおも、申し訳ございません! ニア様がぁ、例の誘拐犯に!!」
「え、ええぇええ?!」
またまたあの黒服たちが、懲りずにやってきたみたいだ。
「私が油断したばかりに……車を乗っ取られてしまい、こんなことにぃ」
「と、とにかく、場所、分かりませんか?」
「ご安心を、美須家の送迎車には全てGPSがついております。レーダーはここにありますが、連絡する手段が車に……しかし、外部関係者には関わらせないようご主人様から言われておりますゆえ……うぬぐぐ、ニア様あぁあああ」
泣いているかのように嗚咽を漏らして叫ぶ神田さん。
「お、俺が、追いかけます。レーダーを貸してください!」
「な、なにをおっしゃいます! この私めが自転車で追いかけますとも!」
よろけながら立ち上がろうとする神田さんだけど、足を痛めたのかうまく動けていない。
「あ、あんまりここで、言い合いしてると、騒ぎになりますから、俺、行きます!」
「なんという正義感溢れる少年でしょうか、ニア様はとても良いご友人をもたれて幸せでございましょうぅぅぅ」
「い、いいから、とにかく貸してください」
今にも泣きそうな神田さんから液晶モニターがついた高性能レーダーを借りる。
自転車、誰かに借りないと……でも、友達いないんだよなぁ……。
「切原、こんなところでなにやってんのよ?」
「黒野さん!」
なんてグッドタイミング!
黒髪をおさげに結んでいる黒野さんは自転車を押しながら裏門から出ようとしていたところで、怪訝な表情で神田さんと俺を睨む。
「ちょうど良かった、自転車を貸して、ください」
「なによ急に、え……もしかして」
「も、もしかしてもなく、正にそう。だからごめん、貸して!」
黒野さんは唸ることもなく、自転車を俺に。
「仕方ないわ」
「あ、ありが」
「後ろに乗れ、切原! 一緒に追いかけるわよ!!」
あれぇええええ……?
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