第12話 微かな思い出

 朝のルーティン、学ランの下にパーカーを着て、ツーブロックの無造作マッシュショートをワックスで整える。

 母さんは忙しそうに仕事に行く為走り回っていた。

 ゴマ塩をかけたおにぎり3つと玉子焼きに大根おろし。

 黙々と食べながら、休日に女子2人と遊んだ、という衝撃的なニュースが頭に流れている。

 ハーフ美女の美須さんと、クールで凶暴な黒野さん。

 そして、また例の黒服の奴らが懲りずに美須さんを誘拐しようとしてきたところを見事黒野さんと協力して撃退。


『切原、まぁ、その、ありがとう』


 いつも怒鳴り散らす黒野さんが、ありがとうって言ってくれた。

 渇いていた何かが潤う嬉しい言葉。

 モテ期到来?


「永利、食べたら支度しなさいよ」

「はいはい……」


 切原家のルールに則り、自分が使った食器類は自分で洗う。

 ワイヤレスイヤホンを片耳に入れ、俺は玄関の扉を開ける。


「行ってらっしゃい、永利」

「……行ってきます」


 今日は彼氏と電話なし、ケンカでもしたか、向こうが事件で忙しいか。

 まぁどうでもいいけど。

 スマホからプレイリストを選んで、イヤホンから『金と銀』が流れる。

 ハープの伴奏が心地良く、これだけで調子が上がっていく。

 

「やぁおはよう、切原君」

「うぉ……お、おはようございます」


 小さく手を振る、パーマをかけていないけどゆるくカーブしている自然な感じのミディアムヘアの円先輩がいた。

 凛とした表情に姿勢の良い立ち方、優しく笑みを浮かべている。

 手には紙袋を持っていて、なんの説明もなく紙袋を渡してきた。


「えーと、これは、なんですか?」

「それ? この前のお礼、焼き菓子貰ったから」


 別にいいのに、わざわざご丁寧に。


「ど、どもっす」

「じゃ、それだけ。またね」

「あ、あのっ」


 行っちゃった……訊きたいことがあったのに。

 まぁ、お昼にありがたく食べよう。

 女子からお菓子が貰えるなんて、やっぱりモテ期?

 鞄に紙袋を入れて、鼻歌でも歌いたくなるほどの気分で道に出た。

 ほぼ同時に自転車のブレーキ音が響き、俺は思わずビクッと肩を震わせてしまう。


「切原……アンタねぇ毎回毎回危ないって言ってるでしょうが」


 睨みをきかせた目つきの黒野さんが、怒りに震えた声で注意してきた。


「ご、ごめん」


 毎回俺が悪いみたいに言われるけど、決して飛び出してはいない。言い返したら、倍で怒られそうだから、言わない。

 呆れたように息をつく黒野さんは、自転車から降りてハンドルを握って歩き出す。


「アンタに訊きたいことがあるのよ」


 そう言われ、俺は少し緊張気味に並んで歩く。


「なんでニアに嘘ついてるわけ?」

「えっ?! いやぁ、その、嘘っていうか、言葉のあやで……」

「どうせ引きこもって特撮のアクション動画とか格闘技を観てただけじゃないの」

「ぐぐ」


 なんて鋭いんだ、黒野さん。


「ワルツを聴いてるのに、邦楽だって嘘ついて」

「え……黒野さん、詳しいね」


 がっくり、とイヤホンを片耳から外して充電器に戻す。


「よく教室の隅っこでCDプレーヤー抱えて聴いてたのを、見かけただけ」

「え、そ、そうだっけ……」


 正直、思い出したくない。

 黒野さんは遠い目をして、ただ真っ直ぐ先を見つめている。


「特撮ヒーロー、今も好きなの?」

「えっ!? えーと、その」


 そりゃ今も憧れてる。好きだ。


「いい、やっぱりどうでもいいわ」


 答えるまでに遮られてしまった。


「とにかく、ニアに少しでも変なことをすればアンタをぶっ飛ばすからね」

「は、はい」


 鋭く睨む黒野さんの圧に、大声で怒鳴られた時みたいに俺はビクついてしまった。こうして、黒野さんと初めて一緒に通学した……――。

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